天文との出会い
第9回 「国内望遠鏡市場の問題点と提言」

Writer:中川 昇

《中川昇プロフィール》

1962年東京生まれ。46才。小学3年生で天文に目覚め、以来天文一筋37年。ビクセン、アトム、トミーと望遠鏡関連の業務に従事。現在、株式会社トミーテックボーグ担当責任者。千葉天体写真協会会長、ちばサイエンスの会会員、鴨川天体観測所メンバー、奈良市観光大使。

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今までも述べましたように、日本の天体望遠鏡市場は1989年をピークに、急速に縮小してしまいました。この約20年間に何があったのでしょうか?今回は、その理由や背景と今後の提言について述べたいと思います。

2003年の火星大接近時にも望遠鏡バブルがありました。このときも底辺拡大の絶好のチャンスでしたが、各社とも目先の売上を追うだけで、このチャンスを将来に生かすという余裕が無かったように思います。こうして、ブームが去ると共に、望遠鏡市場が縮小してしまったのは必然の理かと思われます。これらのことから望遠鏡メーカーが学ぶべきことは、天文ブームに頼らず、地道に底辺層の拡大に務めること、メーカーの垣根を越えたイベントを企画・実施すること、戦略的に動いている他の業界、例えば鉄道模型業界などを見習うこと、などが挙げられるかと思います。また、入門用望遠鏡の品質は私が天文を始めた35年前よりもむしろ落ちていて、せっかく興味を持ったお客様が入り口で挫折するケースも後を絶ちません。聞くところによると、このクラスの入門機はむしろ売れ行きを伸ばしているそうです。業界全体が縮小している中で、低品質の入門機の販売数が伸びているということは、逆にいうと、専門メーカーが潜在需要層を捕らえきれていないということだと思います。今後はメーカー同志が連携して業界の活性化に向けて努力してく時代だと思います。

名古屋市科学館で貸し出し中のミニボーグ50

次に天文雑誌の問題も大きいと思われます。現在のフォトコンテストの入選作品は大口径化の一途で、一部の人しか買えないような機材で紙面が埋め尽くされています。この状況を見た初心者はどう感じるでしょうか?自分も撮ってみたいと思う人もいるでしょうが、多くの方は、自分にとって手の届かない機材でなければ、きれいな天体写真は撮れないと思うでしょう。これは業界にとって大きなマイナスだと思います。私が思う専門誌のあるべき姿としては、数万円のクラスでもこれだけ見えて、これだけ写せる、だから最初はこれで十分、使用しているうちに欲が出てきたら、数十万クラス、最終的には数百万円クラスもあるよ、というように段階的に紹介をしていくというスタンスです。フォトコンにも小口径の部を設ければ、ミニボーグで撮影した作品が誌上を賑わすでしょう。その価格と軽さと小ささをアピールすれば、「じゃあ自分もやってみようか」と考えるでしょう。今からでも遅くないので、小口径の部を設けて、入り口の敷居を下げて、業界全体を活性化していくべきだと思います。参入者が増えれば、さまざまに工夫する人が増えて、お金をかけずに良い写真を撮る方法が確立され、ますます参入者が増えるという構図です。いずれにしても、ボーグ発売当初の、ボーグの存在を否定するような流れは、読者不在といわれても仕方がなかったと思います。多くの読者が引いてしまうような高価な機材ばかりを使用した記事やフォトコンテストはほどほどにして、全体のバランスを考えた編集をしてもらえればと思います。

次に望遠鏡販売店の問題です。基本的には、メーカーや雑誌と同じ構図なのですが、目先の売上を追うあまり、高級機路線を強力に推し進める傾向にあったと思います。入門機を否定して、始めから高級機をすすめてしまう販売店があったため、買えずにあきらめる人、無理して高額な望遠鏡を買ったはいいが後が続かない人が続出したものと思われます。価格も性能もそこそこのエントリーモデルの存在を積極的に受け入れることで、ステップアップが可能になって、かえって天文趣味が長続きすることに気がつかなかった。これは専門店が反省すべき点だと思います。むしろ、最初は失敗をしながら学ぶことの重要性をアピールして、とにかくお客さまと息長くお付き合いするということが重要だったのだと思います。そんな中、最近がんばっているのが、成瀬のスコープタウンさんです。孤軍奮闘という感じですが、業界全体のために裾野を広げようとして、日夜がんばっておられます。こういう新しいタイプのショップが続々と出てくると業界も活性化すると思います。

さて、お次はプラネタリウムや科学館の存在です。全国に300箇所以上もあるというプラネタリウムの入場者数は、サッカーのJリーグの入場者数を上回るという事実。さらには、家庭用のプラネタリウムの大ヒット。これだけをみれば、天文ファンは増えているといえます。しかし、この需要が実際の星空を楽しむことにつながっているか?といえば「NO」といわざるを得ません。バーチャルな星空で満足してしまい、星を楽しみたければ、プラネタリウムにいけばいいや、ということになっていないでしょうか?本物の星空を楽しむ方向への誘導が今後のプラネタリウムの大きな鍵になるものと思われます。室内にとどまらず、アウトドアにいかに連れ出して、人工の星空もきれいだけど本物の星空はもっと美しいよということを、いかにアピールするかの動きに期待したいと思います。

天体観望会にも功罪があります。「はい、土星が入りましたよ」と見せるだけの観望会から一歩進んだ観望会は出来ないでしょうか?自分で天体を入れる喜びを少しでも味あわせる、小さな望遠鏡でもこれだけ見えるということを体験させる、望遠鏡で最も楽しいプロセスをお客さんから奪わない新しい観望会はいかがでしょうか?実際にはなかなか難しいとは思うのですが、「あそこに行けばいつでも星が見える」「いつでも見せてくれる」から「自分の望遠鏡はいらないよ」、ということで望遠鏡が売れなくなっているかもしれません。名古屋市立科学館のように、貸し出し用の望遠鏡を多数用意して、基本的には自力で操作してもらうという試みがもっと広がると面白いかもしれません。

さて、最後に最大の問題かもしれない、理科教育の問題です。小学生までは天体に興味がある子供は多いが、中高校生になると天体のことは興味の対象から外れてしまい、他の遊び(パソコン、テレビゲーム、携帯など)に興味が行ってしまう。もっと教育の現場で、科学や理科や天文のことをきちんと教えて欲しいという希望がありますが、これはあまりに問題が大きすぎて、愚痴になってしまいますので、今回は深くは触れません。とにかく、業界に携わる一人一人が、出来ることから行動していくしかないと思います。

千葉県柏市で行われた星の写真展

千葉県柏市で行われた星の写真展

その意味で、7年前から弊社が関わっているイベントのひとつに「星の写真展」があります。これは千葉県柏市の公民館のギャラリーで2週間行っているもので、今年は7月22日〜8月5日まで無休・無料で開催中です。公民館という場所柄、一般の方が多く出入りしていますので、星に対する興味や反応を見るには最適な場です。一番興味がある層は、親子連れと年配者です。逆に中学生、高校生、大学生はほとんど興味なしという感じです。同じ公民館には音楽サークルに参加している若い人の出入りが多いのですが、写真展には見事に無反応です。知識がないから、興味が湧かないのだと思います。星や宇宙や太陽のことなど、彼らの頭からは無いことになっているように思えて残念な状態です。今の教育の現状をよく表していると思います。とにかく会場では写真もいいが、本物の星空はもっと美しいということをアピールするように努めています。

千葉県柏市で行われた星の写真展

千葉県柏市で行われた星の写真展

以上のようなわけで、今回は重いテーマとなりましたが、非常に重要なテーマなので、日ごろ感じていることを書いてみました。実は、望遠鏡が売れるとか売れないとかいう次元の話ではなくて、「本物の星空の体験を通じて、地球環境や宇宙に思いをはせて欲しい」というのが、真の重要なテーマです。望遠鏡はその入り口を開く道具のひとつにすぎないと思っています。

次回は、ボーグを売っていただいている販売店(海外を含む)の紹介、私が所属している千葉天体写真協会の話などをする予定です。お楽しみに。

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