「はやぶさ」地球帰還、危ぶまれる

【2005年12月1日 宇宙科学研究本部 宇宙ニュース (1)(2)(3)

25日の降下中に捉えられたイトカワ表面

25日の降下中に捉えられたイトカワ表面。クリックで拡大(画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

11月26日朝(日本時間)の小惑星探査機「はやぶさ」によるイトカワ着陸・試料採取成功のニュースが、全世界を駆け巡った。その詳細が明らかになるにつれ、着陸成功の影で、さまざまなトラブルへの対応、時には、英断とも言える決断が下されていた事実が明らかになってきた。

一方、イトカワから離陸後の「はやぶさ」の現状は、26日にはスラスターの燃料漏れが発生し、別系統のスラスターが作動不良に陥るなど多くの問題を抱えている。スラスターも不調ということは、ハイゲインアンテナを地球に向けるための姿勢制御が行えないこと意味し、28日には通信不通に陥ってしまった。少ない情報量しか確保できないビーコン回線で接続されているものの、地球帰還に向けた運用再開には一定の期間を要するようだ。


第2回着陸トライアルの詳細 ― 安全率を見切った英断

「はやぶさ」のイトカワへの着陸と試料採取に際して、管制チームは、第1回トライアルの実績をふまえた、さまざまな対応を行っていたことが発表された。まず、新たなターゲットマーカ放出の必要がないという判断(既報)。さらに、障害物を検出するセンサを遮断するとの決断もなされていた。第1回目の着陸トライアルでは、障害物検出機能(Fan Beam Sensor=FBS)が最低感度に設定されていたにもかかわらず、何らかの反射光が検出され、着陸シーケンスの中断指令が出された。しかし、特に周辺に大きな障害物は確認できず、誤判断を招く結果となった。このため、2回目には同様のトラブル回避のため障害物検出機能を使用しなかった。

また、第1回目の飛行では、イトカワ表面からの距離を計測する近距離レーザー高度計のビームは、高度35メートルの地点で、その1本が表面を外していた。これは着陸点の地形を考えれば異常ではない。これを受けて2回目は、近距離レーザー高度計への切り替え高度を下げることで、確実にビームが表面を捉えられるようにした。降下速度については、第1回目は毎秒2センチに設定されていたが、2回目は、毎秒4センチとした。

第2回予定降下軌道と適応して定めた実際の降下軌道(イトカワ座標系)

第2回予定降下軌道と適応して定めた実際の降下軌道(イトカワ座標系)。クリックで拡大(画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

これらの対応の結果、着陸を継続する条件として、次の3点が設定された。

  1. 垂直降下中にレーザ距離計スポットがイトカワ表面を捉えていること
  2. 近距離レーザー高度計への切り替え高度時点で、4本中3本以上のビームが表面を捉えていること
  3. 姿勢アライメント基準(アンテナの向き)が、既定値(地球方向から60度以内)から大きく逸脱していないこと

つまり、以上の3つの条件が満たされない場合は、着陸を中断し緊急離脱モードに移行することになっていた。また、いったん最終段階のサンプル採取モードに入った後は、サンプルを採取し、離陸する以外のシーケンスが発生しないように設定されていた。これは、ある意味危険な判断だが、何回かのトライアルの結果、安全率を高く取りすぎると、逆に致命的ではない原因やセンサーの値のブレによって、着陸自体がキャンセルされてしまうことを防ぐことにつながる。まさに、過去の実績を見定めた上で、安全率を見切った英断であった。

降下経路は、1回目と2回目では大きな差はなく、降下点も「ミューゼスの海」の西方と推定されている。26日午前7時00分ごろ、高度約7メートル付近で、イトカワ表面に垂直に降下できるよう姿勢制御を行うモードに移行した。その後「はやぶさ」は、自律シーケンスにより、地上へのテレメトリの送信を停止。ドップラー速度の計測に有利なビーコンのみの送信に切り替え、送信アンテナを覆域の広い(角度の広い)低利得(情報量の少ない)アンテナに切り替えた。

この通信モードの変換によって、リアルタイムでは「はやぶさ」の状況を掴むことはできなくなったが、後に、記録されたデータを再生した結果によれば、「はやぶさ」はまもなく、着陸検知のために距離計測モードに移行し、下向きに毎秒約4センチの速度を加えて降下していった。7分後「はやぶさ」は、試料採取ホーンの変形により着陸を検知し、弾丸を2回発射、舞い上がったサンプルを採取し、ただちにイトカワ表面から鉛直上方に秒速50センチの速度で離陸を行った。接地時の速度は、毎秒約10センチだったと推定されている。

このように、着陸と離陸、離陸後の「はやぶさ」の動作は計画通り完全に推移した。「はやぶさ」がイトカワ表面から離陸した際の姿勢は、高利得アンテナの指向方向が太陽方向から約7度であった。着地点の局所鉛直方向も、予定された太陽方向から大きく外れていなかった。離陸方向も、太陽方向に近く、離陸後の姿勢と探査機上の各機器の動作はほぼ完全な状態に維持された。近距離レーザー距離計は、地表面にならう制御を実施後、試料採取ホーンとの距離と反射受光量を計測するモードに切り替えられ、その受光量出力が所定の変化量を超えたこと、およびそれにより弾丸発射の指令が出されたことが判明している。これらの結果、「はやぶさ」は、試料採取装置が機能し試料採取が実施されたと判断された(既報のように、ほんとうにサンプルが入っているかどうかは、カプセルが地球に帰還し、文字どおり“蓋を開けてみるまで”わからない)。


11月27日、姿勢制御用スラスターが機能不全に

着陸・サンプル採取・離陸後に大成功を収めた「はやぶさ」は、上昇速度を緩め、イトカワから一定距離を保つモードに移行した。その後の姿勢制御中に、2系統あるスラスター(化学エンジン)の1系統から燃料漏れが発生したが、これを止めるための措置がとられた。

さらに、11月27日までの運用については、NASA深宇宙ネットワークおよび臼田局のアンテナによって正常に行われたが、11月27日、もう1系統のスラスター(化学エンジン)の推力が低下していることが判明。回復と機能維持にむけた姿勢・軌道制御指令が出されたが、11月28日、探査機との通信が確保されない状態に至ってしまった。11月29日午前10時過ぎに、ビーコン回線が回復し、現在、復旧にむけた運用が継続されている。

現状からの判断では、「はやぶさ」に搭載されている各機器の状態は推進系を除いて、すべて健全に保たれているものの、探査機の運用再開には、いくらかの期間を要する見込みのようだ。詳細については、現在解析・検討が進められている。2系統ある姿勢制御用スラスターの両方が機能不全に陥ると、地球に高利得アンアテナを向けることができず「はやぶさ」の状況を把握できないばかりか、新たな復旧に向けての指令が送れないことになる。これは、とりもなおさず、地球帰還へ向けて、イトカワ近傍から離脱できないことを意味する。


「はやぶさ」成功に寄せられた喜びの声

さて、「はやぶさ」の成功のニュースを受けて、声援と成功を祝うメールが多数届き、「はやぶさ」運用チームへの何よりの励ましになっている。それらの中には、成功のニュースを聞いて思わず涙した人、風邪をおしても、ネット中継を見入って応援した人、日本人みんなが「元気をもらった」と感謝するメッセージ、今回の成功のニュースを見て「子供の将来の夢が宇宙飛行士になった」という報告など、どれも温かく喜びに満ちた内容となっている。これらのメッセージが不死鳥「はやぶさ」にも届き、その運用が一日も早く回復することを願ってやまない。なお、寄せられたメールの一部は、宇宙科学研究本部 宇宙ニュース "「はやぶさ」を支えた声" の中で紹介されている。

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