リュウグウ粒子に残る、穏やかな天体衝突の記録
【2023年4月25日 海洋研究開発機構】
太陽系の天体は、形成以来様々なスケールの衝突を繰り返して進化してきた。その中でも小惑星は、太陽系初期に起こった衝突の記録を残していると言われている。小惑星探査機「はやぶさ2」が訪れた直径約1kmのリュウグウも、さらに大きな母天体が衝突で破壊された際の破片から誕生し、その後も多数の天体衝突を経験したと考えられる。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の富岡尚敬さんたちの研究チームは、リュウグウが経験した衝突の規模を明らかにするために、「はやぶさ2」が回収したサンプルに含まれていた4つの粒子を電子顕微鏡で調べた。
リュウグウ粒子内部の透過電子顕微鏡像。(左)構成鉱物のほとんどは粘土鉱物で、隙間に鉄硫化物(Po) と鉄・ニッケル硫化物(Pn)の微粒子を含む。(右)粗粒な粘土鉱物(CC)の高分解能像。蛇紋石(層間隔0.7nm)とサポナイト(層間隔1.1nm)が折り重なっている。強い衝撃加熱で脱水・分解した痕跡は全く見られない(提供:海洋研究開発機構リリース、以下同)
先行研究によれば、リュウグウの粒子の大部分は、構造中に水を含む鉱物である粘土鉱物からなる。今回分析された4つの粒子にも、粘土鉱物の一種である蛇紋石やサポナイトの混合層が多く観察された。これらの鉱物には強い衝撃加熱によって分解・発泡した痕跡がないことなどから、粒子は形成されてから一度も摂氏500度以上まで加熱されていないことがわかった。
また、各粒子を拡大すると、酸化鉄の微粒子が木イチゴのように集まった「フランボイド」と呼ばれる構造が多く含まれていた。このフランボイドは断層に沿って、50μmちかくまで引き伸ばされたりずれたりしていた。これは、地震の衝撃で地球の断層に起こる変化と類似している。そこで、地球の断層で用いられる計算手法を応用した結果、リュウグウの粒子は約2万気圧の圧力を受けたことがわかった。これはリュウグウのような小さな天体の内部では生じ得ないことから、リュウグウより更に小さな天体が衝突したときの圧力だと結論づけられた。
リュウグウ粒子中に見られる断層組織の走査電子顕微鏡像。明るい粒子は酸化鉄(マグネタイト)。(左)球状の酸化鉄微粒子集合体(フランボイド)が断層によって引き伸ばされている。(右)左図の点線で囲まれた領域の拡大像。断層に沿った粘土鉱物(三角矢印で示された領域)には、気泡や鉄-硫黄-酸素に富む微粒子などの溶融組織は認められない。矢印は断層のずれの方向を示す
そのほか、結晶学的な観察から鉄・クロムの硫化物粒子が見つかり、ゾレンスキーアイト(zolenskyite、化学式FeCr2S4)と同定された。ゾレンスキーアイトは隕石から見つかり2020年に認定されたばかりの新鉱物で、今回が2例目の発見となる。ゾレンスキーアイトを形成するには数万気圧の圧力が必要なことが、実験的に明らかにされている。
リュウグウ粒子中に発見された高圧型の鉄・クロム硫化物(ゾレンスキーアイト)。(左)透過電子顕微鏡像、(右)ゾレンスキーアイトの電子線回折像。2万気圧以上の圧力発生を示唆する
以上のような結果を総合して、リュウグウが経験した衝撃圧力は2万気圧程度であったことが示された。衝突によって小惑星から弾き飛ばされ、地球に飛来した隕石には、約20万気圧を超える圧力が記録されていることもある。それと比べれば、リュウグウが経験した衝突は圧力が一桁も低い、穏やかなものだったと言える。
地球の水は、含水鉱物に富む小惑星から飛来した隕石によってもたらされたという説がある。しかし、リュウグウの粒子に記録された衝突は、大量の破片をまき散らすような規模ではなかった。リュウグウのような有機物と水に富む小惑星においては、岩片を大量に生み出すプロセスに天体衝突以外の現象が関わっているのかもしれない。
今後は、4つの粒子に基づく今回の成果がリュウグウ全体を反映したものなのか、他の含水小惑星でも同じような天体衝突が起こっているのか、といった検証が必要となる。研究チームは衝突実験を進めるとともに、隕石の衝撃組織の観察も続けている。今年秋にはNASAの小惑星探査機「オシリス・レックス」が小惑星ベンヌの粒子を持ち帰る予定で、小惑星ごとの衝突プロセスの違いも明らかになると期待される。
〈参照〉
- 海洋研究開発機構:小惑星リュウグウ粒子の微小断層から読み解く天体衝突
- Nature Atronomy:A history of mild shocks experienced by the regolith particles on hydrated asteroid Ryugu 論文
〈関連リンク〉
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