宮城(下地)隆史による画像盗用事件の顛末

【2010年10月20日 アストロアーツ「星ナビ」編集部】

下地隆史もしくは宮城隆史と称していた沖縄県那覇市在住の男性が、インターネットを介して入手した天体画像を加工・改竄し、自ら(もしくは協力者が)撮影したものとして各種メディアに発表していた一連の画像盗用事件の全容が明らかになってから1年が過ぎようとしています。ここで、もう一度、事件の経過をふりかえり、アストロアーツ「星ナビ」編集部のその後の対応をまとめておくことにします。


●画像盗用事件の発覚と「謝罪文」の提出

一連の画像盗用事件発覚の端緒となったのは、2009年9月5日発売「星ナビ」10月号の表紙に掲載された2009年7月22日の皆既日食時のコロナ画像への疑惑でした。

問題の画像を投稿した沖縄県那覇市在住の男性によると、2009年7月の皆既日食時は「悪石島で雷雨の下にいた」が、2名の協力者が「中国の杭州郊外と鹿児島県喜界島に出向き、画像処理に十分な多数の素材を得た」としていました。しかし、同号発売直後から表紙画像が「盗作ではないか」との指摘が相次いで寄せられました。恒星の位置やコロナの描写が、チェコ共和国ブルノ大学のドルクミューラー博士がマーシャル諸島のエニウェトク環礁で撮影し、Webページで公開している画像と酷似しているというのです。

編集部ではドルクミューラー博士に連絡するとともに、男性に事情の説明と元画像の提出を求めました。男性は当初「エニウェトク環礁に出向いた旧知の外国人から(画像処理の素材となる)データを得た」「悪意のウイルスメールによってデータが失われた(ので、画像処理の元素材や中間過程を示せない)」「チェコの人の画像を下絵として画像処理の参考にした」などと返答していました。また、2008年6月号表紙のリビア皆既日食画像も盗用が強く疑われました。そこで、「状況証拠によって(盗用と)判断する」旨を伝えたところ、2009年9月25日になって「一連の不正を認め、謝罪したい」との意を得ました。

2009年10月5日発売の「星ナビ」11月号では、ここまでの経緯とともに、「ドルクミューラー博士、読者の皆様、および関係者の皆様」に宛てた男性からの謝罪文を掲載しました。そこには、『…… 私は、これらのことを深く反省するとともに、二度と他の方の著作権を侵害するような表現行為をしないことを誓います。自ら(協力者も含む)撮影した画像素材を使い、コラージュ合成、イメージ合成などを施した場合も、その加工過程を明確に説明文に記すことを誓います。』とありました。

ここまでの経緯は、以下のアストロアーツニュースと「星ナビ」2009年11月号で報告しています。

●常態化していた画像盗用

アストロアーツ「星ナビ」編集部では、謝罪文の提出をもって事態の収拾を図る前提として次の2点を男性に課しました。

「2点の盗用以外にも不正画像があるならその全てを編集部に報告すること」「問題を含む画像を提供した全てのメディアに対して、不正行為があったことを自ら報告し、事後処理にあたった担当者の連絡先とともに編集部に報告すること」

この2点を課したのは、男性は「星ナビ」だけでなく、新聞や各種雑誌、自治体の日食ポスター、日食ツアーパンフなど複数のメディアに一連の不正画像を提供していたからです。

しかしその後、外部からの指摘および編集部での調査によって新たな盗用画像が多数発覚します。皆既日食だけでなく、水星の太陽面通過、月食、マックノート彗星、ホームズ彗星など2007年以降に男性が発表したほぼ全ての画像が、インターネットを介して不正に入手し改竄されたものだったのです。掲載先は「星ナビ」だけではなく、誠文堂新光社の「天文ガイド」「天文年鑑」、東亞天文学会の「天界」、ビクセンの情報誌「So-Ten-Ken」などの天文関係のメディアをはじめ、写真関連雑誌、新聞など多岐にわたっていました。「星ナビ」編集部では、その全てを把握しているわけではありませんが、おそらく総数は50件以上になると思われます。

男性による不正画像は「星ナビ」や「星空年鑑」などのアストロアーツ製品だけでも19点に及びました。「星ナビ」2009年12月号では、これらの不正画像のリストを発表するとともに、男性に対し「法的措置を含め対応を検討」としました。この問題を初めて報告した2009年11月号で、「星ナビは、投稿してくださる読者の皆さんや、記事を書いてくださる著者の皆さんとの信頼関係の上に成り立っている」と記しました。その信頼関係が破られた時、断固とした態度で臨まなければ「読者の皆さんを信頼していることにはならない」と考えたからです。

ここまでの経緯は、以下のアストロアーツニュースと「星ナビ」2009年12月号で報告しています。

●訴訟の提起と判決

「謝罪文」の提出後も、男性が画像盗用という事実を真摯に受け止めていないと思われる言動をとっていたこともあり、「星ナビ」2010年4月号で「一連の画像盗用問題に関しては、自称・下地隆史もしくは宮城隆史(42歳=掲載当時)に対し、当社が同問題の解決に要した費用および当社の被った損害などの賠償を求める訴訟を提起する」と記しました。

男性の年齢や、偽名を使っていたことに言及したのは、それ自体も詐欺的行為にあたると考えたからです。男性は、1990年代後半から、「天文ガイド」誌や当時の「スカイウオッチャー」誌に、下地隆史の名で天体写真を多数投稿していましたが、この時、中学生〜高校生だと偽っていたのです。この後、男性は、2008年になって「両親の離婚によって姓が変わった」として事件発覚時の宮城姓を名乗ることになります。

その後、被告である男性は訴状を受け取らず、那覇市に転出届を出したまま住居所不明になり、公示送達を経て開かれた2010年6月18日の公判にも出席しませんでした。7月9日に得た判決は「被告は原告に178万9372円を支払え」というものでした。もちろん、金額の多寡や支払いの有無が問題なのではなく、正しく司法の場で対処した事実が重要なのです。

結局、男性は、氏名・年齢・経歴詐称と画像盗用・不正改竄という前代未聞の事件を起こし、それまで自己を強くアピールしてきた天文趣味界へ暗い影を残したまま、社会人としての責任を果たすこともなく姿を消しました。

●天体写真を楽しむために

残された我々は一連の事件から何を教訓とすべきでしょう。事件発覚直後の「星ナビ」2009年11月号より「星ナビギャラリー」の作品募集要項に「オリジナルデータの提出を求める場合がある」「撮影データに重大な誤りがあった場合は、掲載を取り消す場合がある」ことを追記しました。「星ナビ」2010年1月号では「デジタル天体写真再考」と題し、事件によって喚起された画像処理モラルを問う対談記事を企画しました。

男性の画像を掲載するにあたり拙速な判断を下してしまった浅慮に対しては、編集部としても十分に反省するとともに、読者の皆さんに改めてお詫びしなければなりません。男性の画像改竄の具体例と、それに気がつかなかった編集部の自省については、「星ナビ」2010年2月号にて「見抜けなかった画像盗用と不正加工」に記しました。

事の善悪はともかく、ネットやデジタルツールが画像盗用や不正改竄を容易にしたことは確かで、今後は不正行為が行われていないか細心の注意を向けるべきなのでしょうか。それとも、男性のような作為は稀なケースだと考えるべきでしょうか。ひとつ言えることは、この事件によって天体趣味全般に疑念を抱いたり、画像投稿に関して厳しい応募規定を設けることで、趣味世界が委縮することがあってはならないということです。

男性による画像盗用事件が発覚してから1年、それでも多くの人が天文趣味を楽しみ、よりすばらしい作品を得る試みを続けています。アストロアーツ「星ナビ」編集部としては、今後も読者の皆さんへの信用は変わりなく、また、読者の皆さんから信頼される天文雑誌のあり方を模索していきたいと考えています。

「星ナビ」での関連記事

文責:星ナビ編集人 川口雅也


■宮城隆史氏による盗用画像を掲載したアストロアーツの刊行物一覧

「星ナビ」

2007年1月号 41ページ 2006年11月9日の水星の太陽面通過
2007年3月号 1、12、20ページに計4点 C/2006 P1マックノート彗星
2007年12月号 14ページに2点 C/2006 P1マックノート彗星
付録カレンダー 2007年8月28日の皆既月食/C/2006 P1マックノート彗星/2006年11月9日の水星の太陽面通過
2008年1月号 18、24ページ 17P/ホームズ彗星
2008年6月号 表紙 2006年3月29日の皆既日食
2008年10月号 18ページ 2008年8月1日の皆既日食
2008年12月号 付録カレンダー 17P/ホームズ彗星/2008年8月17日の部分月食/2008年8月1日の皆既日食
2009年10月号 表紙 2009年7月22日の皆既日食

「星空年鑑2008」

117ページ 2007年8月28日の皆既月食

「皆既日食2009」

2-3ページ 2006年3月29日の皆既日食
5ページ 2008年8月1日の皆既日食

「ステラナビゲータ8 公式ガイドブック活用編」

1ページ 2006年11月9日の水星の太陽面通過

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