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天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

056(2009年6月)

夢か幻の600秒、超新星2009ga in NGC 7678

2009年6月7日の朝は08時50分に自宅に戻ってきました。すると、おばさんが待っていました。いったい何かと思うと「チャー(犬ちゃん)がもうだめだから、見舞ってくれないか」というのです。最近の犬ちゃんの弱々しい歩き方を見ていたこともあって『えっ、やっぱりもうだめか……』と思いながらお見舞いに行くと、犬ちゃんはぐったりとしてもう動きません。『お〜い。どうしたの。がんばれよ……』と声をかけるとしっぽをぴくぴくと動かします。私が訪ねてきているのはわかるようです。『この様子じゃ、もう数日しか持たないなぁ……』と思いながら自宅に戻りました。

この犬ちゃんと出会ったのは、サントピア・マリーナにある今の住居に引越して来てから約10か月が過ぎようとしていた2003年の、淡路島の秋もしだいに深まってきたときのことです。ここで時間を遡って、その頃の「新天体発見情報」から想い出を語ることにしましょう。――以前に住んでいた地域もそうでしたが、現在の住居付近も早朝から犬と散歩している人が多いのです。いつも帰宅時に『この光景はまるでケンブリッジみたいだ』と思いながら、この10何年間、寒いときも暑いときもそれを見ながらの帰宅でした。でも、ひとつだけ大きく違っていることがあります。それは、ケンブリッジでは、歩道だけでなくいたるところに犬のうんこが、そのまま、たくさん、ころがっていたことです。ときどき、柔らかいそれを踏んですべっている人を何度も見かけたくらいです。しかし、日本では、こんな田舎でも他人の目を気にするというか、右へならえというか、公共道徳が行きとどいているというか、みんながうんこを入れる袋を持っています。このときから半年ほど前に、ご主人様に連れられた犬たちに混じって、一匹の犬がいつも一人で淋しそうに散歩している光景を見かけるようになりました。大きなゴールデン・レトリバーですが、ものすごくとんまな顔をしているのです。『のら犬かなぁ……』とかわいそうになって、いつのまにか、夕方に買物しておいた食料品の中から食べられそうなものをあげるようになっていました。何回かそうしているうちに、帰宅の時刻には、その犬ちゃんはいつも車の前に現れるようになりました。犬ちゃんは、毎朝、大きな体を揺すりながら「わん、わん、わん……」と飛んできて。『おおい……。今、帰ってきたぞ』と声をかけあう関係になって、この時期まで食べ物をあげる日が続いていました。

それからしばらくして、その犬ちゃんがご主人様と一緒に散歩をしているのを見かけます。『何だ。お前、ご主人様がいたのか……』と話しかけると、その犬ちゃんは、ものすごく恥ずかしそうに「ボク、穴があったら入りたい」と照れくさそうな顔をして通ります。それは、まるで前足で頭をかくようなふるまいをしながら、私の前から遠ざかって行きました。『良かった。ご主人様がいたんだ』と思いながらも、何かただ一人の友達を取られたような気分で少し淋しくなりました。どうも、性格が温厚なせいか、犬にまで好かれます。でも、あとで飼い主のおばさんが「うちのお嬢さん」と言っていましたので、どうも女性(動物の雌)に好かれたようでした――(以上、天文ガイド2004年4月号より抜粋)。

犬ちゃんを見舞った後、アルバムの犬ちゃんの写真を借りて自宅に戻りました。6月8日朝、おばさんにA4大に伸ばした写真と犬ちゃんが初めてこの「新天体発見情報」に登場したときの雑誌を届けておきました。

そんな心配ごとが続いていた夜のできごとです。その夜(6月8日)は、20時00分に自宅を離れ南淡路にあるジャスコ(麗樹さん。読んでくれてる……。まだ、続いています)と三原のリベラルで買い物をして、さらに洲本のジャスコにも出かけ、21時50分にオフィスに出向いてきました。2009年6月9日02時31分に山形の板垣公一氏より「こんばんは、これから測定して報告します。よろしくお願いします」というメイルとともに系外銀河NGC 7678に出現したPSN(超新星状天体)を発見したという報告が届きます。そして、02時43分に板垣氏から電話があります。何か、興奮しているようです。『どうしましたか?』。「すごいのを……見つけた」。『あの(NGC 7678の)PSNですか……』。「そうじゃない。アンドロメダ銀河(M31)に13等の星です」。「これは、超新星でしょう」。「最初は、簡単な報告でいいですね。まず、第1報を送ります」と話します。『えぇ……、M31に超新星』と、現場は、一瞬、緊張しました。そして『待っています』と答え、電話が切られました。板垣氏からの第1報のメイルは、02時49分に届きます。そこには「いつもご指導をいただきましてありがとうございます。M31に新星らしき天体です。報告をお願いします。存在確認後、20分間で8枚撮影された画像上では、移動、光度変化確認できず。60-cm f/5.7反射+CCD(フィルターなし)で20秒露光。位置、光度測定はGSC-ACTです。よろしくお願いします」と書かれてありました。

急いで、ダン(グリーン)への報告の作成を始めました。氏の報告では、天文台コードがD87(ブルックリン)になっています。このことで、02時52分に2回、氏に連絡を取ろうとしましたが、しかし、つながりません。このとき、板垣氏は、福岡の山岡均氏に電話をしていたようです。というのは、山岡氏と氏の約束で、M31に明るい超新星らしき天体が出現したら、深夜でも早朝でもすぐに連絡することになっていたのです。板垣氏によると、最初は、山岡氏の携帯に電話をしたそうです。そのとき、携帯は通じませんでした。そこで、氏は、今度は自宅にダイヤルしました。そうしたら奥さんが出ました。こんな深夜の時刻です。氏は、びっくりして様子を聞くと、なんと「山岡氏は検査のために入院されている」とのことでした。そして、携帯もパソコンもドクターストップとのことでした。氏は、たいへんな時刻に電話をしてしまったと思いながら「こんな時刻にすみません。M31に超新星が出ましたとお伝えください」と言って電話を切りました。しかし、そんな約束は奥さんは知るはずもありません。しかも、これは深夜03時前、普通に考えてとんでもない時刻のことでした。あとになって、氏は「いま考えても、脂汗が出ます」と話していました。ところで、私の方は、氏に連絡がつかないまま、報告には望遠鏡の口径は60-cm反射とあります。従って、天文台コードはD89(山形)と判断しました。きっと『緊張のあまり間違えた……』と思いながら報告の作成を急ぎました。

でも、もう一つ、『おかしいな……』と思ったことがあります。氏の報告では「20分間の追跡で光度変化なし」となっています。これは気になります。もし、M31に出現した真の超新星ならば、もっと急激に増光しても良いはずです。というのは、M31は距離が近い銀河です。そのため、超新星の微々たる変化でも実際の観測光度に影響し、急激な増光が見られるはずです。しかし、……と思いながらも、ダンへの報告書を作成しました。

そして、エンターキーに手が触れようとしたそのときです。02時54分に携帯が鳴ります。板垣氏からの電話です。「もう、送った?」。『今、送るところです。あと1-cmでエンターキーに手が届きます……』。『押しましょうか……』。「ちょっと待ってください。何かがおかしい……」と言うのです。氏の様子が先ほどとは違って自信がなくなっていました。そこで、しばらく待つことにしました。すると、02時56分に氏から電話があります。そして「ピックアップ・ソフトが存知の星を拾ってしまった。ソフトのカタログを入れ替えたのがまずかったようです」と言うのです。『えぇ…、なんていうことだ』と世紀の大発見は、13分間で幕引きとなってしまいました。

そんなできごとを何も知らない上尾の門田氏より、02時59分に「おぉっ! 発見が続きますね。こちらは曇天で、ぶ厚い雲に覆われています」というメイルが届きます。そこで、03時03分に『はっはっは……、もっとすごい大々発見があったのですが……』というメイルを返しておきました。03時05分には、板垣氏より「中野・門田様。すみません。これ(M31に超新星)は間違いです。恥ずかしいミスです。あとで、この原因をよく調べます。先に報告したNGC 7678の方はこれから測定します。よろしくお願いします」というメイルが届きます。しかし、このときまだ興奮が収まっていなかったのか、板垣氏は、門田氏のメイル・アドレスを間違い、他人にこのメイルを送っていたのです。何のことかよくわからない門田氏から03時14分に「えっ! 他に何か出ましたか? 続報をお待ちしています。そういえば、先ほど板垣さんから届いたM31の新星らしき天体は、だいぶ明るいですね」というメイルが届きます。そこで、03時35分に門田氏に『それです。板垣さんからM31の超新星に間違いないと来ましたので、一瞬、緊張しました。もう1-cmでエンターキーに手が触れるところで、板垣さんから取り消しの電話がありました。たまには、そういう緊張も良いものです』。そして、03時44分にさらに『余談ですが、今、印刷所に行っている「天界」の入れ替え用の原稿も作成しました。板垣氏の第1報から11分間くらいの間に、ダンへの報告と入れ替え原稿を頑張れば作成できるものです』というメイルを返しておきました。

その1分後の03時45分に板垣氏の真の発見「PSN in NGC 7678」が届きます。そこには「2009年6月9日早朝、02時14分ごろに60-cm f/5.7反射望遠鏡+CCDを使用して、ペガスス座にある系外銀河NGC 7678を撮影した20秒露光の画像上に16.2等の超新星を発見しました。超新星は、銀河核から西に15"、南に26"の位置に出現しています。発見後、60分間に撮られた10枚以上の画像上にこの出現を確認しました。この超新星は、2006年8月3日JSTに同銀河を捜索した画像上にはまだ出現していません。また、過去の多数の捜索画像上にもその姿は見られません」という報告とその出現位置と銀河中心位置が書かれてありました。氏のこの発見は、04時00分にダンに報告しました。

さらに門田氏からは、04時05分に「何か発見の連絡を見落としたかと思って、あわてて受信メイルをチェックし、未確認ページとNEOCPで新天体が出ていないか確認しました。板垣さんのメイルのタイトルには「M31にPSN」とあったので、ひょっとして超新星? と、ちょっとだけ期待しながらメイルを開くと新星でしたが、妙に明るいなぁ……、観測できないのは残念だなぁ……と思っていました。天界の作業ご苦労さまです。ご尽力により最新の発見が掲載されるのは嬉しいことです。それにしても、板垣さんは夜が短いこの時期によく発見されますね。真剣なまなざしで薄明時刻を気にしながら一心不乱で探しているのでしょう。発見が公表されましたら画像をお借りできると助かります。アストロアーツのWEBニュースに掲載させていただきます。こちらは、過去のフレームをチェックして、写りが悪かったり恒星に近かったりして測定が後回しになった観測を測定しています。画像処理と測定に時間がかかるのですが、破棄するのはもったいないのでなんとか拾い出しています」というメイルが届きます。なお、この氏の観測群は、このときより20分ほど前の03時46分に届いていました。

そして、板垣氏からは、04時50分と08時24分に「NGC 7678のPSNの報告、拝見しました。ありがとうございました。M31の間違いPSN、今、調べています。測定ソフトをGSCからUCAC2カタログに変更したためかもしれません。でも、なぜ、この星だけが……と不思議です。金田宏さんにおたずねしました。そして原因がわかりました。とても単純なことでした。上記の星は、UCAC2のカタログにない星でした。最近、測定ソフトをGSCからUCAC2に変更したことでこんなミスが発生しました。しかし、実際の過去画像と比較しないで発見報告をしたことは重大な私のミスです。ほんとうにお騒がせしました。今後気をつけます」というお詫びが届いていました。

板垣氏のメイルを読んで自宅に戻ったのは08時40分のことです。おばさんに出会いました。おばさんは「昨夜、チャーが死んだの……」と話します。『えっ、やっぱりだめでしたか』。「お葬式をしたいのだけど、大きな犬なので、1.5-mくらいの箱を探しているのです」と話します。『オフィスにありますよ。取りに行きましょう』とおばさんを車に乗せて、再びオフィスに戻り、セレストロンの25-cm望遠鏡が送られてきた大きなダンボール箱を持って自宅に戻りました。わが国の新天体発見を誰よりも早く知った犬ちゃんとは、これで永遠のお別れとなりました。人間関係が壊れてしまった今の世の中で、飼い主を忠実に慕ってくれるのは動物だけになりました。その真の友ともいえる動物を飼うということは、悩みを打ち明ける話し相手となる家族ができて、気もやすまり楽しいことです。私も、これまで、7匹の犬ちゃんと一緒に生活しました。しかし、たいていの場合、彼らが先に亡くなってしまいます。その死をみとる悲しみを考えると、もう、この歳になって、私が先に逝ってしまった場合「忠犬ハチ公」のようにご主人様の死を知らず、「私のご主人様は、いったいどこに行ってしまったのだろう……」と何日も待ち過ごさなければいけない彼らの気持ちを考えると、もうとても動物は飼えなくなりました。

次の夜(6月10日)は、梅雨時期のせいか、全国的に天候がよくありませんでした。ここでも、曇天で時々小雨が降っていました。しかし、01時45分になって、板垣氏から「こんばんは。昨夜はたいへんお世話になりました。M31の超新星が報告された場合、即座に世界中に配信されたでしょうから、もう少しで本当に危なかったですね! 今、考えてもドキドキものです。ところで、山形は予報に反して晴れました。昨夜のNGC 7678のPSNは、確実に存在します。なお、20枚以上撮影しました。極限等級は19.0等です」というメイルとともに第2夜目の確認観測が届きます。そこで、氏の報告を02時37分にダンに送付しました。板垣氏からは、02時47分に「拝見しました。ありがとうございます。お休みなさい!」という連絡が届きます。さらに、門田氏からは、03時12分に「おめでとうございます。ご自身で確認されて、中野さんの手により迅速かつ完璧な報告が行われましたので、あとは公表を待つだけですね。こちらは今夜も曇天です」というメイルもあります。門田氏の言うとおり、この超新星は、6月10日10時43分到着のCBET 1839でその発見が公表されました。CBETによると、超新星は、天文電報中央局の「未確認天体」のウェッブ・ページにこの情報が掲載されたあと、ロシアのアストロテル天文台でも、6月10日09時にその存在が確認されていました。このとき、超新星は16.4等とのことでした。

ガラッド彗星(2008 Q3)

続く、6月11日の夜、23時19分に八束の安部裕史氏よりメイルが届きます。そこには「今夜は久しぶりの観測になりました。月の出前の澄み切った夜空にガラッド彗星(2008 Q3)が観測できました。尾が広がっていかにも彗星らしい見事な姿です」というメイルとともに、南半球で2009年4月と5月に8等級と明るく観測されていたこの彗星を、6月11日21時36分にとらえることに成功したことが報告されます。彗星は、6月上旬には7等級で、北半球で観測可能になり、夕方の南の空の低空、数度の位置に見えてくることが予報されていました。氏のCCD全光度は10.6等でした。また、その直前の眼視全光度が5月25日に7.2等(ゴイアト)、31日に7.3等、6月2日に6.9等(アモリム)、3日に6.8等、9日に6.7等(ゴイアト)と彗星が6等級まで明るくなっていることが報告されていました。

その夜、03時56分になって、安部氏には「あとでEMESを出します。門田さんは、障害物で6月中旬まで観測できないとのことです。良く写っている画像を送っていただけませんか。ただし、天界7月号は印刷中ですので、掲載は8月号になってしまいますが……」というお礼のメイルを送っておきました。安部氏からは、05時12分にその画像が届きます。そこで05時50分に『ありがとうございました。いいですねぇ……。原稿用だとこれぐらいの画素の画像がいいですよねぇ……。何でみんなあんなに画素数が大きくなったのか、原稿や動画の画素数は1280×760、いや、640×480くらいで十分ですよね。そうそう、デジカメが壊れたので、オリオンのStar Proを買いました。天候が悪いのと、忙しくて2回ほどしか撮っていませんが、これは、CCDカメラというよりデジカメにファンをつけたものと言った方が良いでしょう。フルサイズで撮影すると37メガから74メガの画像サイズとなってしまいます。無線LANはうまくいきましたか……』というメイルを返しておきました。そして、06時13分に『八束の安部裕史氏は、6月11日夕刻、南から昇ってきたこの彗星の観測に成功しました。氏の観測は、北半球では、この彗星の初めての観測となります。氏によると、彗星は「尾が広がったいかにも彗星らしい姿」とのことです。氏のCCD全光度は、10.6等でした』というコメントをつけて、EMESに入れ、仲間に知らせました。なお、あとになって、この夜の夕方には、守山の井狩康一氏、芸西の関勉氏、平塚の杉山行浩氏からもその観測に成功したことが伝えられています。

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