天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

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2007年12月5日発売「星ナビ」1月号に掲載

さそり座新星 2007 No.2 = V1281 Scorpii(先月号からの続き)

2007年2月19/20日夜に続いて20/21日夜もICQ Comet Handbook 2007(HICQ 2007)の編集、原稿書き、土井さんの超新星の公表と忙しい夜でした。それに2月20日朝は2週間に1度の大そうじの日です。VTRを見ながらゆっくりと掃除をしました。そのため、この日の大そうじは夕方までかかりました。『今夜は原稿を書かなければいけない。それに晴れているので観測もするぞぅ……。忙しいぞう。早起きしないと……』と自分に言い聞かせて眠りにつきました。でも、その甲斐もなく、目が開いたのは22時30分。『これはいけない……。でも、まだ眠い。観測はキャンセルし、もっと寝よう……』と、うとうと……としていると、次に目が開いたのは23時30分、しかし『まだ、眠い』と睡魔に負けて、結局、この夜は21日00時05分まで寝てしまいました。『これは寝すぎた。原稿書きが終わるかどうか。ダンの彗星の光度パラメータのチェック、それに板垣さんと約束した土井さんの発見情報も出さねばならない』と今夜の予定に目がくらみながら、近くのコンビニでお弁当を買って、00時45分にオフィスに出向いてきました。『さぁ……。とにかく急いでまず原稿書きを始めないと……』とコンピュータの電源を入れました。

お尻に火がついている原稿を書き上げている最中の2月21日05時に板垣公一氏より電話があります。氏の電話は「中央局の未確認天体のリストにある変光星状天体を観測した」とのいうのです。そのウェッブ・ページを見ると、確かに入っています。その発見時刻から、日本で発見された天体のようです。そこで『これですね。それで……』とたずねると、氏は「発見位置に星が見当たらないのです。だいぶ離れたところにDSSにない星があります」とのことでした。そのため、この件はとりあえずそのままにすることにしました。

その間、上尾の門田健一氏は、津山の多胡昭彦氏から報告のあった彗星状天体を調べてくれました。念のため問い合わせておいたダン(グリーン)からは、04時00分に「その付近に彗星が発見されたという情報はない」ことが連絡されてきました。そして、04時04分に送った『ごめんなさい。そんなに移動量が大きいことに気づきませんでした。それでは画像上の像がおかしいですね。これで終わりにします。念のためにダンに聞いてありますので……』という私のメイルについて、門田氏からは、04時31分に「お忙しいところご苦労さまです。申し分のない対応だと思います。カメラがわずかに動いてゴーストが移動して見えた……というのが自然な解釈ですが、高速に移動する天体が写ったという可能性も否定できないケースでした。多くのゴーストはフィルターが原因ですが、レンズによってはフィルターなしでも発生するかもしれません。念のため、多胡さんには、木星を視野に入れてゴーストの具合を確認してもらうとよいと思います」というメイルが届いていました。そこで、氏のメイルを多胡氏に転送しておきました。04時48分のことです。06時22分に多胡氏から「さっそくの手配ありがとうございました。昨日、早朝この疑問画像に気づきましたが、あまりにも移動が大きく確認依頼を迷いました。しかし、どうしても気になり、ご迷惑とは思いながら連絡してしまいました。申し訳ありませんでした。しかし、今後のことを考えると貴重な体験となりました。ありがとうございました。今朝、念のために、該当位置一帯を撮影してみました。一休みしてから検索作業に入りたいと思っています」というメイルが届きます。

ところで、書き上げていた原稿はようやく午前08時に終了し、08時31分に編集部へ送付しました。そして、帰ろうとしたそのときのできごとです。2月21日08時40分に電話があります。『こんな時刻に誰だろう……』と思いながら受話器を取ると、掛川の西村栄男氏からでした。氏は「さそり座に新星状天体を発見しました」と話します。そのとき、ふと、3時間ほど前に連絡のあった板垣さんの件を思い出しました。『そんなはずは……ない』と思いながらも、『実は、今日朝、板垣さんがさそり座に出現したという変光星状天体の確認を行ないましたが、発見位置に星はありませんでした』と語り、『発見位置を教えていただけますか』と氏に頼みました。氏からは「出現位置は赤経がα=16h56m55s、赤緯がδ=−35゚21'59"、発見光度は9.2等です」と報告があります。『中央局のウェッブ・ページにある天体(α=16h56m58s.04、δ=−35゚29'39".1)とは約10'ほど違いますね。でも、きっと同じ星なのでしょう』と話して、氏の報告を聞きました。氏によると、「今朝2月21日早朝、午前05時頃、ペンタックス 200-mm f/4.0レンズ+コダック T-Maxフィルムで、さそり座を35秒露光で撮影した2枚の捜索フィルム上に9.2等の新星を発見しました。この新星は、発見5日前の2月16日早朝に行った捜索では、まだ、その姿は見られません。また、それ以前の捜索フィルム上にも、その姿が見られませんでした」とのことです。

氏の発見は、2月21日08時59分にダンに報告しました。そこには『今朝、Itagakiがそちらのウェッブ・サイトにある変光星状天体の確認を行なった。しかし、その発見位置には何もなかったとのことだ。私は、その星とNishimuraの新星は同じ天体であると思う。たぶん、Nishimuraの位置が正しいのだろう。Itagakiには、もう一度、彼の確認画像を見てもらうことにしよう』という連絡をつけておきました。すると、09時20分に板垣氏から今朝の話にあったDSSにない星の測定位置が届きます。氏の位置は、α=16h56m59s.35、δ=−35゚21'50".2と西村氏から報告のあった新星の出現位置によくあっています。氏の測光値は8.8等でした。これで、西村氏の位置が正しいことが判明しました。09時22分には、ダンから「変光星状天体の出現位置は、その報告時にミスがあった。今、正しくα=16h56m58s.04、δ=−35゚21'39".1に訂正した」というメイルも届いていました。念のため、09時29分、ダンに板垣氏の測定位置を知らせておきました。そして、この日はこれで業務を終了し、帰宅して睡眠をとることにしました。

2月21日夜は、地元のスーパーに出かけ、20時50分にオフィスに出向いてきました。12時15分には、多胡氏より「昨夜はお手数をわずらわせ申し訳ありませんでした。今朝、撮影の画像から木星のゴーストであることがわかりました。見事なゴーストが写るものですね。よい経験となりました。今後の対応に活かせていきます。ありがとうございました」というメイルが届いていました。これでこの一件は解決しました。氏のメイルは、21時05分にお礼方々、門田氏に転送しておきました。そして、夜半が過ぎた2月22日明け方、04時32分にこの新星の出現が公表されたIAUC 8810が届きます。そこには、西村氏の発見より約1日早い2月20日早朝に亀山の中村祐二氏が独立発見していたことも公表されていました。しかし、その発見位置に角度の10'ほどのミスがあり、その後に報告された西村氏の正しい出現位置からこの新星の出現が確認されたこと。また、その確認観測が遅れたことは記載されていませんでした。この朝は、07時30分に新天体発見情報No.103とIAUC 8810を西村氏に送付し、08時15分に帰宅しました。

その夜(2月22/23日)は、また寝過ごして冷たい小雨の中、オフィスに出向いてきたのは01時55分になってしまいました。その日の昼間、14時28分には、ダンより「ほとんど終了した」というメイルとともに、最終版一歩手前となるHICQ 2007用の彗星の光度パラメータが届いていました。そして、22日22時20分には、西村氏より「さそり座第2新星の件につきましても、中野さんのお力で独立発見ができました。何とお礼を申し上げて良いか判りませんが本当にありがとうございました。このごろ、年をとったせいか早起きも何の抵抗もなく、晴れれば必ず撮影することにしています。先のさそり座第1新星(2007年12月号参照)は、霞のせいか、フィルムには写ってくれませんでした。月光とか霞の中では、デジカメにはかないませんが、もう少しフィルムでやってみようと思っています。私のすべての発見に大きくかかわっていただき、発見の栄誉を私に下さったことに深く感謝申し上げます。今後もよろしくご指導のほどお願いします」というありがたいメイルが届いていました。氏には、23日05時57分に『ご丁寧なメイルをありがとうございました。またがんばってください。電話でも申し上げたとおり、最近では同時に独立発見があっても分からなくなりました。……。私の対応(人格)が悪いのかも知れません。では、また、発見の報が届くことを楽しみにしています。なお、発見した新星状天体は、22日11時45分到着のCBET 855で新星として認められています』というお礼状を返しておきました。

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アンドロメダ大星雲の新星 Nova 2007-02d in M31

その日(2月23日)の朝は、07時20分に帰宅しました。この朝は、雨が降っていました。そしてその夜、22時35分に自宅を出るとき久しぶりに犬ちゃんに出会います。そこで『おい。西村さんが新星を見つけたよ』と話しながら、明日の朝用に持っていたコロッケをあげました。ジャスコに寄ってオフィスに出向いてきたのは、22時55分のことです。するとそのちょっと前の22時15分、山形の板垣公一氏から一通のメイルが届いていました。そこには、大阪の読売新聞社に宛てた「先日20日の夕刊を大阪の知人が「大きく載ってたよ」と送ってくれました。それで、今拝見しました。日本を代表する新聞の一面に私の写真が……で、まず、びっくり! また、あんな大きな紙面で……、二度びっくりです。自分のことを自分で言うのもおかしなことですが、阿利さん(記者)の素晴らしい文章に感服しました。また「文学青年」の娘婿も、今までで最高と賞賛しています。それで、うれしくなってメイルを差し上げました。実は、今までの記事の中にはあまりにも誇張して下さり、恥ずかしい気持ちになったことがあったため少し心配していたのです。私がコメントするのはおかしなことですが、限られた活字の中で私達のことをとても正確に、最大に紹介して下さいました。「自分のこと」なのに我を忘れて読んでしまいました。また、中野さんのこともとても素敵です。いつも午前03時とか、普通なら考えられない時間帯でも対応して下さるので私達も安心して捜索できるんです。中野さんは、ほんとうに口は悪い(強い)が心の優しい方なんですよ。ありがとうございました」というメイルが転送されて届いていました。

さて、今日(2月24日)は例の日本学術会議の小委員会があります。そのため、早めに仕事をすませ、03時23分に松戸の太田原明氏に『時間があいておればお願いします。いつものとおりです』というメイルを送り、03時40分に早々と帰宅しました。そして、午前05時に睡眠につき、07時に起床しました。今日は、神戸空港11時15分発、羽田20時10分発の飛行機を使う予定です。今回は、神戸空港までは洲本発ではなくて福良発の高速バスを使います。そのため、08時05分に洲本インターへ向かいました。そこにある駐車場に車を止めようとしばらく空きを探しましたがすでに一杯でした。しかたなく神戸空港まで走ることにしました。1時間ちょっとのドライブで10時00分に神戸空港に到着してしまいました。『えっ、余った時間をどうしろというのだ』と思いながらの出発でした。でも、空港に車があるのです。帰りの時刻を気にしないですみます。こんなに早く来れるならこれからは車で来ようと思ってしまいます。そして、東京で会議に出席し神戸空港に戻ってきたのが21時30分。その帰り道のできごとです。明石海峡大橋を通過した22時30分に携帯が鳴ります。『何だ。こんな運転中に、いったい誰だ』と思って電話にでると板垣さんでした。『今、東京からの帰りで運転中です。どうかしましたか』とたずねると、「はい。M31に新星を見つけました。すでに報告してあります」とのことでした。氏には『あと30分ほどでオフィスにつきます』と答えました。

23時05分にオフィスに戻ると、氏のメイルは21時22分に届いていました。そこには「2月24日20時半過ぎに60-cm f/5.7反射望遠鏡+CCDでアンドロメダ銀河の一区画を撮影した捜索フレーム上に16.7等の新星を発見しました。30分間追跡しましたが、移動は認められません。また、この新星は、2月20日と22日の捜索フレーム上には、まだ19等級以下で、出現していませんでした」という報告とその出現位置が記されていました。氏のその発見は、23時26分にダンに報告しておきました。そして、お世話になった太田原氏にメイルを書き始めました。そこには『今日はありがとう。23時に帰ってきました。神戸空港から帰りはカーナビを使ったのですが、頭の中にあるルート(三宮近くの生田川か京橋から、阪神高速に入る)とまったく違った道(神戸駅向こうの湊川まで国道2号を行くルート)を案内され、その付近の土地感がまるでないのでだいぶ戸惑いました。初めて今夜、板垣さんの電話を車の中で受けました。どうして私が何か用があるときに、板垣さんに限らず、いつも、発見の報告があるのか不思議です。しかし、そういう偶然というのは、人の世の常なのでしょうか。事実は、小説より奇なりと言いますが、現世とは不思議なものです……』というメイルを書き終わり、23時51分に氏に送付しました。

その間、わずかに約10分間です。到着メイルを見ると、本当は、今日東京で会う予定であった早大の近藤二郎氏より23時33分「今朝、オマーンのマスカットに到着しました。今日と明日、オマーンに滞在し、明後日の朝の便でカイロに参ります。今回は、早稲田大学の国際交流の仕事でオマーンにやってきました。空港から直接、高等教育省に行き、Rawya Saud Al-Busaidia女史と会談しました。日本大使も同席していましたが、大臣と公式の場で会談するのは初めてのことで会談の写真も撮られました。明日オマーンにニュースがなければ新聞に載るかもしれません。教授という肩書きだけで特別待遇をされるのは生まれて初めてのことで戸惑っています。マスカットのインターコンチネンタル・ホテルの部屋からこのメイルを打っています。今晩は、在オマーン日本大使館でレセプションがあります。無茶苦茶金持ちの国です。明日は公式の昼食会で挨拶をしなければならないのですが、眠いので今日は寝て、明日、その場で適当にする覚悟です」というメイルが届きます。旧友はみんな忙しいようです。

そういう感じがした23時45分、上尾の門田健一氏より「今は地平線下ですので、明日ねらってみます。今夜は晴れたり曇ったりです」というメイルが届きます。氏も、観測体勢にあるようです。その1分後の23時46分、今度は同じく今日東京で会う予定であった蓮尾隆一氏から「夕刻、ロンドンより帰国しました。タイから帰ってきて、さあのんびりリハビリだと思っていたらあっという間に3週間が経ってしまい、そろそろ赴任の準備をしないといけない時期になってしまい焦っています。欧州は暖かかったけど、東京は寒くて困っています」というメイルがあります。これらのメイルの到着を知らないで、23時51分、太田原氏にメイルを送ったのです。そこで氏には25日00時07分に『わぁ……、ますます、不思議だ。先ほどのメイルを書いている間に近藤さんと蓮尾さんのメイルが届いていた。そうそう、神戸空港の駐車料金は、12時間も止めたのに無料でした。駐車カードを入れると、0円と表示されました。これ私だけにじゃないよねぇ……』というメイルを送りました。また板垣さんからは00時35分に「こんばんは。夢中で捜索をしていたら、メイルを頂いていたのに気がつきませんでした。拝見しました。ありがとうございます」というメイルも届きます。みんな忙しいようです。しかし、私は、今夜は眠いので04時50分に帰宅することにしました。

2月25日夕刻は、18時40分に自宅を出発し、南淡路のジャスコまで出かけました。そして、数か所で買い物をして、オフィスに出向いてきたのは20時15分のことです。そのとき、すでに板垣氏の新星の確認観測が19時13分に届いていました。氏の観測によると、新星の光度は17.2等と減光していました。この氏の確認は、20時35分にダンに連絡しました。それを見た門田氏からは20時50分に「確認できたようですね。こちらは、曇天で月だけがぼんやり見えてます」という連絡があります。板垣氏からは、その1時間後の21時55分に「こんばんは。今の時期としては、めずらしく2夜も続けて晴れました。昨夜のPNを観測できました。少し暗くなっていました。門田さんの方は透明度が悪そうですね! ほんとうなら、23日に栃木の観測所に行くはずでした……。山形が晴れて、日本一晴れる所が晴れない。今年の冬はおかしいですね! ありがとうございました」というメイルが届きます。さらに26日09時17分には、氏から「おはようございます。M31の新星、お蔭さまで公表になりました。ありがとうございました」というメイルも届きます。板垣氏が系外銀河に発見した新星は、これで11個目となりました。

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超新星 2007af IN NGC 5584

3月2日朝、05時41分に山形の板垣公一氏から電話が入ります。氏によると「NGC 5584に15等級の明るい超新星を見つけた」とのことです。『では、報告を送ってください』とお願いして電話を切りました。その氏の報告は06時07分に届きます。そこには「3月2日早朝におとめ座にある系外銀河NGC 5584を60-cm f/5.7反射望遠鏡+CCDで撮影した捜索フレーム上に15.4等の超新星を発見しました。20分間の追跡で移動は認められません。最近では、2月25日と26日早朝にもこの銀河を捜索しています。しかし、その夜の捜索フレーム上の出現位置に18.5等級より明るい星は見当たりません。また、以前に捜索した捜索フレーム上にもその姿が見られません」という発見報告とその出現位置、銀河中心の測定位置が記載されていました。氏の発見は、06時18分にダンに連絡しました。06時29分に氏から発見画像が届きます。一目でわかる超新星でした。この時期、おとめ座は一晩中見えています。したがって、誰かが捜索していたならば簡単に発見できたでしょうが、実際には誰も捜索はしていなかったのでしょう。めずらしくダンから返信があります。そこには「OK,Thanks.Syuichi。ところで、HICQ 2007の印刷予定はどうなっている」という別の用件がありました。ダンの問い合わせには今晩に返答することにして、この夜は07時15分に帰宅しました。そのとき空は良く晴れていました。

その夜(3月2日)は、たまっていた世俗の用件をすませるために早起きして20時10分にオフィスに出向いてきました。何回かオフィスを離れ、通常の業務についたのは22時40分のことです。すると、23時08分に板垣氏から「こんばんは。昨夜のPSNは確実に存在します。光度は15.2等です」という確認観測が届きます。そこで、23時20分にこの氏の確認をダンに報告しました。ダンは、早々と3月3日00時56分到着のCBET 863で、板垣氏の発見を公表してくれました。そこには「この銀河には、1996年にも超新星1996aqが出現している」ことが注釈されていました。『あっ、報告のとき調べ忘れた』でした。

その夜、夜半が過ぎた01時09分に上尾の門田健一氏から「こちらは曇天ですが、CBETで公表されましたね。おめでとうございます。今日、星ナビ4月号が刷り上りました。中野さんの連載で、板垣さんの活躍を拝読したところ、2006年9月に発見された超新星で20個の大台に乗ったとありました。それからわずか半年ですが、もう30個に手が届くのではないでしょうか? 驚くほどのハイペースに、天文に対する情熱と努力をとても強く感じます」というメイルが届きます。『そうです。門田さん。板垣さんの超新星発見数は、これで30個の大台に乗りました』。板垣氏からは、01時33分に「こんばんは。山形の今の時期は、例年ならほとんど晴れないのですが、今年は良く晴れるのです。不思議です。それで、また運よく新しい星との出会いがありました。昨夜のPSNは、お蔭さまで超新星2007afになりました。本当にありがとうございました」というメイルが届きます。そこで、02時15分に『今回は公表が早かったですね。ダンは文章が短くては……と気を使い、1996年のSNをつけ加えてくれたようですね。板垣さん。IAUCはセンターから届くようになって良かったですね。たぶん、2月末日(3月1日JST)に更新したのだと思います。次回の更新時は、注意してください』という返信を送っておきました。

この時期、HICQ 2007の編集作業もやっと佳境に入り、ダンとの間に多くのメイルが飛びかっていました。その最中、3月8日01時02分、板垣氏より「先ほどはありがとうございました。2007afは、現在13.7等と明るく増光しています」という観測が届きます。氏のこの報告は、HICQ 2007についてのダンとのやりとりのメイルの中に追加しておきました。ダンは、その夜、04時45分に発行したIAUC 8817の中に氏の観測を追加してくれました。そのIAUCを見た板垣氏から07時53分に「おはようございます。IAUC 8817の件、びっくりしました。少しは明るいとはいえ、このような観測がIAUCに載ったのは記憶にありません。中野さんとダンは特別な関係と推測されます。ありがとうございました」というメイルが届いていました。

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