Book Review

金井三男金井三男さんによる書評

星ナビ星ナビ「月刊ほんナビ」に掲載の書評(原智子さん他)

編集部オンラインニュース編集部による書評

星ナビ2022年10月号掲載
量子論の世界を歩む

このコーナーでは編集部に届く新刊本を中心に、号ごとに決めたテーマに沿った書籍を集めて紹介している。そのために随時、天文や宇宙に関する本の発売情報をチェックしリストアップしている。そのリストを見ていると、ときどき発刊の増えるジャンルがある。たとえば、日本人宇宙飛行士が活躍すると“ロケット”や“宇宙開発”の歴史や将来を紹介する本、探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」のニュースが盛んなときは“宇宙探査”“チーム”“リーダー”などがキーワードの本、ノーベル物理学賞が天文分野だったときには受賞者や研究内容に関する本。ところが最近、はっきりした理由は不明なまま手元のリストに増えたのが“量子力学”や“量子論”という言葉がタイトルに付く本である。今回はそれらを、できるだけ紹介してみようと思う。

まず、量子力学・量子論について初心者の筆者が手にしたのは『りょうしりきがく for babies』という絵本。そう!“for babies”つまり赤ちゃん用のボードブックだ。「これなら、私でも理解できるだろう」とページをめくると、表紙にもデザインされているシンプルな多重同心円とその上に位置するカラフルな球が登場する。これは、原子核の周りを回る電子を表していて、エネルギーを受けたり失ったりすると球の位置が外側に移ったり戻ったりする。そしてページをめくると「このエネルギー ひとつを りょうしって いうんだ」「これで きみは もう りょうしぶつりがくしゃ だね!」と書かれていた。わあ、私は量子物理学者になれたんだ!と全肯定されたところで、解説を読むと「電子の持てるエネルギーは連続せず『とびとびの量』になる」ことが“量子”であり、量子という粒子が存在するわけではないという基本を教えてくれた。この絵本は2016年にアメリカのSourcebooks社から出版された「for babiesシリーズ」で、ヨーロッパやアジアの多くの国々で翻訳本が出ている。そんな、世界で認められた同シリーズの1冊目がこの『QUANTUM PHYSICS(りょうしりきがく)for babies』なのだ。

赤ちゃんの次は、小学生になって『宇宙の果てへ』を読んでみた。「量子力学体験ツアー」シリーズの1冊目で、主人公の少年が父親の作ったマシンでいろいろなものを観察し、やがて公園から地球へ、太陽系へ、銀河へ、宇宙の大規模構造へとマクロの世界を見ていく。そして最後に「宇宙でもっとも大きな銀河の泡構造が、なんと、ミクロの世界の量子力学とつながっているのです」となり、シリーズ2冊目の『超ミクロの世界へ』に続く。今度は猫の体内に入り、花粉やウイルスよりもさらに小さな分子、原子、素粒子の世界をのぞいていく。最新の量子力学が楽しいストーリーでわかるようになっており、ぜひ2冊あわせて読みたい。

ここまで来たら、タイトルが文系の筆者向きの『文系のためのめっちゃやさしい量子論』だ。登場人物は「27歳の文系サラリーマン」と「東京大学の先生」。数式はいっさいなく、すべて二人の会話と簡単な図で話は進む。0時間目で量子論の概要を説明し、1時間目で波と粒子の性質について解説。2時間目で同時に複数の場所に存在すること、3時間目で量子論における真空のことを話す。4時間目では現代社会で活躍する量子論、5時間目では量子論がもたらす未来を紹介する。「まったくイメージができません」という文系サラリーマンならではの言葉が、「そう、そう。もっと教えて」という気持ちに導いてくれる。とにかく、ミクロの世界で起こる物質のふるまいが特異であることが伝わる。

次の2冊は“ゼロから”量子論を教えてくれるという本。まずは『量子論がゼロからわかる』。副題に「古代ギリシャの原子論から最新の量子重力理論まで」とあるように、古代の学者から中世の科学者、そして現在の多くの物理学者が、どのように量子論の発展に貢献してきたのか、その功績を科学者たちの写真とともに紹介していく。各章の要点を「Key Points」としてまとめているのがわかりやすい。

『ゼロから学ぶ量子力学』は、2001年に発刊された「ゼロから学ぶ」シリーズの同名単行本を、2022年に「ブルーバックスシリーズ」へ収めた普及版。著者いわく「この本の目標は、シュレディンガー方程式の『意味』を多角的に理解する」こと。「解法テクニックではなく、量子力学の『ホワット』に的を絞っている」そうだ。「数式と計算は省略せずにていねいな解説をつけるように努力した」というので、ゆっくり噛みしめながら読み進めよう。

ここまで紹介した書籍はすべて横書きだったが『量子で読み解く生命・宇宙・時間』は縦書き、つまり読み物として量子論を説いている。著者は量子論について「世界とは何かを理解する上で、必要不可欠な理論である。量子論なしには、なぜ世界がこのようにあるのか、全くわからない」と語る。また「量子論とは、根底に存在する微細な波が干渉し合うことによって、世界が柔軟に変化することを明らかにする理論である。共鳴パターンとなる定在波によって秩序が形成され、生命現象のような複雑な出来事も可能にする」とも。日常世界がフィジカルに見えてくる。

『入門 現代の量子力学』は、量子力学を根本的に学ぶ大学学部生から専門家を対象にした教科書。この本では歴史的に紆余曲折を経た理論はたどらず、情報理論の観点から最小限の実験事実に基づいた理論展開で、確率解釈のボルン則や量子的重ね合わせ状態の存在などを証明する。さらに、量子情報や量子測定の理論の基礎となる「量子もつれ」などを網羅的に紹介し、量子技術の応用にもスムーズにつながる知識を与えてくれる。量子通信や量子コンピュータなどの技術の要として、応用工学分野でも大きな関心を寄せる内容だ。

『二重スリット実験』は、これまでの本にも登場した「二重スリット実験」の解釈にまつわる、物理学者たちの苦悩を描いた物語。物理学の進歩には理論物理学と実験物理学の双方が必要であることを、あらためて教えてくれる。ちなみに二重スリット実験は、厚紙・シャープペンシルの芯・レーザーポインター・テープなどがあれば、装置を作ることができる。自分の目で実験結果を確認しつつ、この本を読むといっそう理解が深まるだろう。

『ワインバーグ量子力学講義』は、1979年にノーベル物理学賞を受賞し、昨年7月に亡くなった著者の晩年の講義本。電磁気力と弱い力を統合する「ワインバーグ=サラム理論」を完成させた著者による量子力学講座である。2013年に初版が出版され、2015年の第2版で本人が6節を追加した。翻訳本は第2版を底本にしている。上巻では、歴史的展開や量子力学の基礎的原理、スピンなどについて語っている。下巻では、近似法や散乱の理論、量子鍵配送、量子コンピューティングなど最近の話題を綴っている。

最後に、ちょっと発展して『早すぎた男 南部陽一郎物語』を紹介しよう。1960年代に「量子色力学」と「自発的対称性の破れ」の分野で先駆的な研究を行い、2008年にノーベル物理学賞を受賞した彼の生涯を記録した伝記。研究内容が一般人には縁遠いせいなのか、研究拠点がアメリカで人物取材を受ける機会が少なかったせいなのか、彼の活動を伝える本は少ない。この機会に多くの人に読んでもらいたい。

(紹介:原智子)