M87ブラックホールのジェットがゆるやかに加速する仕組み

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楕円銀河M87の超大質量ブラックホールから噴出するジェットは、ブラックホールから離れた位置で加速が始まるが、これは磁気圏の回転の遅さで説明できるというシナリオが提唱された。

【2022年12月6日 国立天文台VERA

おとめ座の方向約5500万光年の距離に位置する楕円銀河M87は、中心にある超大質量ブラックホールのシャドウが撮影されたことで知られるが、そのブラックホール近傍から噴出するジェットも長年にわたって研究されている。

ジェットは、ブラックホールへ引き寄せられた物質の一部が超高速で噴出する現象だ。このジェットは最初から最高速度で放たれるのではなく、何らかの作用で徐々に加速されているのだと考えられている。有力視されているメカニズムとしては、ブラックホールとともに回転する強い磁場が、電荷を帯びたプラズマ状態の物質に作用するというものだ。しかし、日韓合同VLBI観測網(KaVA)の観測でとらえられたM87のジェットの加速は、強力な磁場を前提とした予測よりもゆるやかであり、加速が始まる位置も理論と比べてブラックホールから10倍遠かった。

工学院大学の紀基樹さんたちの研究チームは、この食い違いを解消するため「低速で回転するブラックホール磁気圏」という新しいシナリオを提唱した。

ブラックホールの周りを回転する磁気圏は、ブラックホールのすぐ近くでは磁力線のループが閉じたままでいられる。しかしある程度離れるとループのままでは回転速度が光速を超えてしまうため、磁力線は開かれる。この範囲は光円柱と呼ばれる。円柱の内側にあるプラズマは磁力線と共に回転するため、ブラックホールから離れる方向には加速されない。だが遠心力で円柱の外に出ると、ジェットの加速が始まる。

磁気流体ジェットの断面のイラスト
磁気流体ジェットの断面の説明図。ジェット中で磁力線(黒線)と共回転するプラズマ粒子(灰色領域)は、光円柱表面(オレンジ色の線)まで達すると、遠心力で外側にスライドして光円柱表面から飛び出し、そこからジェットの加速が始まる。光円柱内では、インフロー領域とアウトフロー領域を分離するよどみ面(灰色太線)が発生する。磁気圏の回転角速度が小さくなると、それに反比例して光円柱半径は太くなり、ジェット加速領域(白色領域)発生位置はブラックホールから離れた下流側に位置することになる(提供:国立天文台VERAリリース、以下同)

ブラックホール磁気圏の回転が遅ければ、その分だけ広い範囲の磁気圏が光速を超えずに済むため、光円柱は太くなる。すると、ジェットが円柱の外に出る、つまり加速を始める位置も、ブラックホールから遠くなるというわけだ。KaVAによる観測結果と理論モデルを比較した結果、磁気圏の回転速度が先行研究の予測と比べて10分の1であれば、ジェット加速の開始位置がおよそ10倍遠くなると説明できた。

磁気流体ジェットの理論モデルとVLBI観測データの比較
磁気流体ジェットの理論モデル(黒線群)が予測する速度プロファイルと、VLBI観測データ(赤点がKaVA観測データ)の比較。磁気流体ジェットの理論モデルの中でジェットが太い光円柱を持つと、ジェット加速の開始位置(黒線群の立ち上がり位置)が下流側にずれ、観測データを説明できる

ブラックホールの回転エネルギーがジェットを加速させるというメカニズムは1977年に提唱されていて、提唱者たちの名を冠して「ブランドフォード・ナエック機構(以下BZ機構)」と呼ばれる。それによれば、ジェットのパワーは(1)ブラックホールの回転、(2)ブラックホール磁気圏の回転、(3)ブラックホールの事象の地平面を貫く磁場の強さという3つの要素で決まる。今回の研究では(2)を見積もることができ、先行研究で推定されたジェットのパワーから(3)の磁場についても、高強度であることを示唆する成果が得られた。

「『KaVAの大規模観測データと理論モデルの比較から示唆される比較的低速で回転するブラックホール磁気圏が、どのような物理条件下で実現するのか』については、まだわかっていません。長年の謎として知られる磁気圏へのプラズマ注入過程の理解と、注入されたプラズマが持つ角運動量と磁気圏の回転角速度の関係について明らかすることが重要だと考えています」(紀さん)。

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