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天文雑誌『星ナビ』連載中「新天体発見情報」

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097(2013年3月)

2013年9月5日発売「星ナビ」2013年10月号に掲載

岩本新彗星(2013 E2)

2013年3月中旬はPANSTARRS彗星(2011 L4)を眼視でとらえようとしていました。彗星をカメラ写野にとらえたのは3月11日夕方、しかし眼視では確認できませんでした。その翌日3月12日は薄雲があり観測を断念。3月13日は雨でした。雨が上がった3月14日は、快晴となりました。『今夜は見ることができるだろう……』と、自宅のベランダから観測することにしました。薄明の空に入るとすぐ眼視で彗星をとらえることができました。双眼鏡で彗星を眺めた第一印象は『わぁ……。何と小さい』でした。

天候がすぐれなかった3月13日未明、携帯が鳴ります。誰だろうと思って電話に出ると「徳島県阿波の岩本です」という声が聞こえます。すぐ『あぁ……、東海の古田俊正さんと小惑星の共同捜索をしていた岩本雅之さんか』とわかりました。というのも、徳島県では30年近くも前にただ1つ小惑星センター(MPC)から天文台コード(872)を振られた地(当時)です。そのため『岩本さんは、どうしたんだろう』とときどき気になっていたのです。しかし、氏と私は直接話したことがありません。そのため『こんな夜中に何の話だろう……』と思いました。すると氏は「3月11日明け方、わし座を撮影した画像に光度が13等級の新彗星を発見しました」と話します。『報告を送ってくれましたか』と問いかけると「これから送ります」とのことでした。そこで『発見画像もお願いします』とまず氏の報告を見ることにしました

岩本氏からのメイルは3月13日04時18分に届きます。そこには「2013年3月11日05時00分にペンタックス400mm f/4.0レンズを装着したデジタルカメラ、キヤノンEOS 5D(写野5゚.0×3゚.4)で明け方の空、低空にあるわし座を撮影した1枚の捜索画像上に13等級の新彗星を発見しました。翌3月12日05時14分と05時15分に撮影位置をずらして2枚の画像を撮りました。その画像上では、昨日の発見位置に彗星はなく、そこより東に約53'ほど離れた位置に彗星状天体が写っていました。なお位置の測定は、ウラノメトリア星図2000から行いました。フェーレンベルグ写真星図とSAO星図で天体の有無の確認を行いました。何かのノイズが写っているかもしれないので報告を迷いましたが、位置をずらして撮った2コマの同じ位置に写っているので報告させていただきます。なお、今朝(3月13日)は、こちらでは、あまり星の見えない空なので確認できませんでした」と報告されていました。当地でPANSTARRS彗星をとらえようとしていた3月12/13日夜は、曇り空に変わり、天候が崩れ始めていました。阿波市は当地から約50kmほどしか離れていません。その天候悪化の半日前の3月12日の明け方の空に彗星を確認したようでした。

岩本氏から送られてきた画像を見ると、天体は大きく拡散し、中心核のない状態で写っていました。ただ、JPEG画像のせいもあるでしょう。まず、既知の彗星が来ていないかを調べましたが、微光の257P/カテリナ彗星以外、発見位置近くには彗星はいません。次に位置を測定しようとしましたが、測定ソフトが天体像の中心をとらえることができず、そのままでは測定できません。しばらく悪戦苦闘しましたが、時間が経過するだけでした。そこでとりあえず、岩本氏の報告をそのまま中央局に送ることにしました。まず、07時51分に上尾の門田健一氏に『次の発見が来ました。ちょっと確認していただけませんか。彗星のように見えます。発見者は、以前に東海の古田氏と小惑星捜索をやっていた方(天文台コード872)だと思います』という画像の確認依頼をしました。そして、08時07分に中央局のダン(グリーン)に氏の発見を報告しました(なお、これより後の各自のメイルは、ここに登場する人たちに転送されています)。

そのあと、測定ソフトが彗星の中心を認識するように画像の修正を行い始めました。そして、3枚の画像の測定が終了したのは、3月13日正午になっていました。観測位置とそれらから決定したバイサラ軌道と位置予報をつけて、ダンとその確認のために仲間に送付したのは12時26分になっていました。そのメイルには『この天体が彗星かどうか確かではない』というコメントをつけておきました。決定されたバイサラ軌道は、T=2013 Mar.11、q=1.422au、ω=98゚.1、Ω=182゚.7、i=21゚.8でした。

その夜(3月13/14日)は雨模様でした。日が変わった3月14日01時43分に門田氏から画像の解析結果が届きます。そこには「帰宅が深夜で返事が遅くなりました。こちらで確認したことを報告致します。3月12日の確認画像の2枚目と3枚目の視野は大きくずれていますが、該当の天体像はほぼ同じ位置に写っていますので、ゴーストではないと思います。また、視野内の明るい星と点対称の位置でもありません。発見画像(1枚目)と確認画像(2枚目)をブリンクしてみたところ、点状のノイズはありますが、該当の天体像に類似した像で移動したものはありません。2枚目と3枚目のブリンクでは、天体は、左上方向(北東)に移動しているように見えます。まわりに淡い緑色のコマらしきものを伴っているようですが、像の周囲全体には広がっていません。ということで、彗星のように見える天体像で実在は否定できない、というのがこちらの判断です。晴れていたら確認観測をしたいところですが、今夜は雨上がりの曇天で、強風が吹いています。参考までに、今回の像と似たような彗星の写真です」と“天体は実在している可能性が高い”と門田氏の解析結果が報告されていました。

その日(3月14日)の朝06時18分には、栗原の高橋俊幸氏から「今朝02時半に起きて岩本さんが発見した彗星の捕捉に備えましたが、残念ながら天候の回復が思わしくなく、ドームを開けられませんでした。今も曇天のままです。今朝は駄目でしたが、明日以降も引き続き準備したいと思います。今後も、何かあれば声をかけてください。なお、PANSTARRS彗星はまだとらえられません。今日と明日と職場の送別会があり、そちらには少し遅れて参加するとしても、天気が今ひとつのようで、撮影できるか微妙なところです」という連絡が入ります。どうも、ここから東の地域の天候は良くないようです。

そのため、上尾の門田健一氏の解析結果を3月14日12時08分にダンに報告しておきました。そのメイルを見た岩本氏から12時52分に「いろいろと大変お世話になっております。少しはっきりしない天体像なので、もう一度、確認するまで何ともいえない状況ですね。私も明日の朝晴れましたら、送っていただいた予報位置付近の写真を撮りたいと思います。写真が撮れましたら、また連絡させていただきます」というメイルが届きます。

雨が上がって快晴となり、PANSTARRS彗星が眼視で見えた今夜(3月14/15日)は、各地とも天候が良さそうです。そのため『明朝にはどこかで確認作業が行えるだろう』という期待がありました。しかし、明朝まで待つ必要はありませんでした。22時54分に山形の板垣公一氏から、いつもとは違う緊張した真剣な声で「中野さん。メイル見た……」と携帯に電話があります。『いや、見てない。何……』とたずねると「遊佐さんが新彗星を確認した」と話します。『本当……』とびっくり仰天しメイルを見ました。板垣さんの言う大崎生涯学習センターの遊佐徹氏からのメイルは、板垣氏の電話の8分前の22時46分に届いていました。そこには「先ほど、20時48分から21時17分にかけて米国メイヒルにある25cm f/3.4イプシロン望遠鏡で、岩本さんの新彗星を確認しました。フレームは60秒露光です。中野さんの軌道要素から計算した位置に「まさに彗星!」というイメージの天体が、同じモーションで移動しています。新彗星であることは確実と思われます。天体には、よく集光した核の周りに、視直径44"のコマが広がっています。尾は見えません。位置は、極限等級は16.5等のスタックしないフレームから測定。CCD全光度は14.5等、TychoカタログのV光度と比較して測光しました。念のため、アストロメトリカで最新の軌道要素ファイルを更新して、付近にいる既知の天体を検索してみましたが、該当する場所に既知の彗星・小惑星は存在しません。添付した画像は2枚のフレームをコンポジットした中心時刻2013年3月14日20時48分に撮影したものです。中央のやや拡散した天体が新彗星です」という新彗星確認が書かれてありました。

『何と本物の彗星だった……』と思って、遊佐氏の観測を含めて放物線軌道を決定していると、その遊佐氏から23時03分に電話があります。『今、報告を見ました』。「予報位置のどんぴしゃにいました。中野さんの測定が良かったんですよ」。『いや、淡くて苦労しました。あまり自信がなかったのですが……。これで軌道がきれいに決まりました』と話をして、氏の観測を23時17分にダンに報告しました。そこには、決定した放物線軌道をつけておきました。この夜は、守山の井狩康一氏から小惑星センターのNEOCPにある多数の天体の追跡観測が報告されていました。『守山も晴れている』と思い、そのメイルを23時43分に氏にも送っておきました。決定された軌道は、T=2013年3月6.6日、q=1.4021au、ω=93゚.85、Ω=182゚.15、i=21゚.89で、先に掲げたバイサラ軌道とよく一致していることがわかるでしょう。バイサラ軌道は、彗星が近日点にいるものとして計算します。たまたま彗星の近日点が発見日近くであったために、精度良い軌道、つまりは、精度良い位置予報が行えたことになります。

そして、23時52分に遊佐氏に『ありがとうございました。岩本さんの画像では、天体が淡かったのでいまいち確信が持てませんでした。しかし、門田さんからのメイルで新彗星かも……と思い、でも、まだ半信半疑でした。そんな中で、ファースト・ショットで真ん中にぼけた天体がいて、さぞびっくりされたでしょうね。お察しします……。岩本さん。良かったですね』というお礼状を書きました。天体を実在する彗星だと断定した門田氏からは、3月15日02時49分に「遊佐さんの観測で確認されてよかったです。素早い対応、ありがとうございます。確認位置が計算通りとのことで、さすが中野さんの迅速で的確な取り計らいです。こちらでも観測したいところですが、今夜の空は雲に覆われています。夕方までは晴れていたのですが、PANSTARRS彗星が見え始める前に曇ってきました。岩本さん。おめでとうございます。北の方向が画像の上側と合っておりピントもシャープで、良く調整されたサーベイ・システムとお見受けしました。昨夜、発見画像に対して、直線を引いて視野中心との位置関係を調べたり、レベル調整でコマの確認、ブリンクで移動をチェックしたりしたのですが、存在を否定する要素が出てきませんでしたので、もしや新彗星では……と思っていました。似たような写りの彗星画像を何枚も見て、ボケ具合やコマのようすを比べました」というメイルが届きます。

ダンから新彗星発見を公表するCBET 3439が届いたのは04時34分のことです。CBET 3439には間に合いませんでしたが、この彗星は、確認を依頼しておいた守山の井狩康一氏から05時21分、栗原の高橋俊幸氏から06時20分に観測が届きます。彗星のCCD全光度を高橋氏は12.1等、井狩氏は13.0等と観測しています。高橋氏の観測では、明るい彗星核の周りに広がった3'ほどの淡いコマ見られたとのことです。氏のメイルには「おはようございます。中野さん。岩本さんが発見した彗星がCBET 3439でC/2013 E2として公表されましたね。岩本さん。おめでとうございます。遊佐さんも確認観測ご苦労さまでした。さて、先ほど観測した精測位置と光度です。全光度は、かなり明るい印象で、彗星中央部の周りに淡いコマが直径3'あまりまで広がっています(測光範囲は190")。眼視観測ではどうなるでしょうか。なお、MPCにはまだ報告していませんが、このまま報告してよろしいでしょうか」という連絡がありました。

その夜が明けた3月15日07時12分に遊佐氏から「いつもお世話になっております。今回も、迅速かつ的確な対応に感謝しております。先ほど、CBET 3439で「C/2013 E2(IWAMOTO)」として公表されましたね。岩本さん、おめでとうございます。確認時には、初期軌道ということもあり、FTPに画像が上がってくる間に、位置を1゚ほどずらしながら3か所撮影しました。でも、その必要もなく、最初に撮影したフレームの真ん中、どんぴしゃの位置にまさに彗星がありました。中野さんのおっしゃるとおり、本当にびっくりしました。一応、DSS画像にあたってみましたが、何もない場所でしたので、すぐに彗星と確信できました。私の画像をホームページに上げましたので、ご覧いただきたいと思います。周期彗星だといいですね」というメイルがありました。高橋氏には08時00分に『観測ありがとうございます。MPCへの報告の件ですが、見落としていました。報告してください』と連絡しました。眼視観測を行ってもらうため、スペインのゴンザレスには10時15分に日本での彗星の観測光度を連絡しておきました。そして10時04分に、日本での久しぶりの新彗星発見を告げる新天体発見情報No.195を報道各社に送付しました。この情報は、以前、岩本氏の小惑星共同捜索者であった古田氏にも送りましたが、メイルアドレスが古く届きませんでした。

なお、岩本氏は、1988年から1989年にかけて東海の古田俊正氏と共同で30個の小惑星発見の報告をし、そのうち、19個が新天体として仮符号を得ています。その中で、6個の小惑星が氏らの発見として番号登録されています。岩本氏によると、デジタルカメラによる彗星捜索は今年1月から開始し、これまでに31時間958フレームを撮影したとのことです。【次号に続く】

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