天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

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2006年6月5日発売「星ナビ」7月号に掲載

超新星2005dp in NGC 5630

SWAN彗星(2005 P3)の確認作業が終了した8月27日朝は07時10分に帰宅しました。すると、いつもの犬ちゃんが座って待っていました。『おぉ〜い。新彗星が見つかったよ。でも、まだ何かありそうだね。発見は続くから……』と言いながら、ジャスコで買ったコロッケとサンドイッチをあげました。犬ちゃんは一口でそれを平らげ、買物袋の中に顔を入れて「まだ、何かないの……」と言いながら探し始めました。

その8月27日の夜、オフィスに出向いてきたのは21時25分のことでした。ちょうどそのとき、留守番電話が点滅しながらどこかからの電話を受けていました。通話が終って録音を聞くと無言電話でした。『もうちょっと早く取れば良かった……』と思いながらコンピュータの電源を入れ始めようとしました。すると、また21時26分に電話が鳴ります。受話器を取ると、いきなり「やっとつかまえた。超新星発見よりむずかしい……」と話しかけてきます。どうも、山形の板垣公一さんのようです。そして、氏は「夕刻にNGC 5630に超新星を発見した」と話します。氏は「これから報告を送ります」と言って電話を切りました。

台風11号が近くを通過した山形に、今夜は晴間が訪れていたようです。その氏のメイルは21時41分に届きます。そこには「今夜20時36分にうしかい座にあるNGC 5630を60-cm f/5.7反射で撮影した捜索フレーム上に16.0等の超新星状天体(PSN)を発見しました。フレームの極限等級は19.5等級で、10枚以上のフレーム上にその存在を確認しました。発見後、60分間の追跡の結果、移動は認められません。最近のこの銀河の捜索は、8月5日に行っていますが、極限等級が19.0等級の捜索フレーム上にはその姿が見られません。また、2002年5月2日以後に撮影された捜索フレーム上、およびDSSにも発見位置に恒星は見あたりません」という発見報告と、超新星状天体の出現位置、および銀河中心の測定位置が書かれてありました。『ほら、やっぱり、発見は続く……』と思いながらも、今夜はまだ夜食(私には朝食)を買ってありません。この時刻には、中央局はまだ業務を開始していません。そこで、急いでジャスコに出かけ今晩のお弁当と明日朝の食料品を購入して、22時30分にオフィスに戻ってきました。そして、発見報告を作成して22時56分に中央局のダン(ダニエル・グリーン)に板垣氏の超新星発見を連絡しました。もちろん、このメイルは、発見者とその確認のために、上尾・八ヶ岳・美星に転送しました。すると、23時10分に上尾の門田健一氏から「昨夜はご苦労さまでした。板垣氏発見の超新星状天体は、まだギリギリでねらえそうな位置ですがこちらは曇天です」というメイルが届きます。どうも、台風一過にしては関東の天候が良くないようです。

この日は、夕刻16時16分に熊本の小林寿郎氏より「久々に位置測定をしました。自信はまったくありませんが……。今回の彗星はSWANの画像のど真ん中をまっすぐ北上していますから誰でも画像を見ればすぐわかる星でした。まめにチェックして早く見た人から順に発見が報告されたようですね。位置の予想がついていたので何とか見えましたが、地上からの捜索で発見するのは難しい星だと思います。午後になって雲が多くなってきました。今夜も観測できると良いのですが……」というメイルが、氏の2個の精測位置とともに届いていました。また、土佐の下元繁男氏からも、28日02時37分に、27日夕方の19時半から20時頃に行われたSWAN彗星の観測位置が届きます。そこで、8月26日の門田氏と小林氏、27日の下元氏の観測を含めて軌道と予報を計算し、それをOAA/CSのEMESに『熊本の小林寿朗氏から8月26日の観測、土佐の下元繁男氏から27日の観測が報告され、軌道を次のように改良しました。なお、概測観測は含みません。第1報の軌道からの予報位置は良くあっています』というコメントをつけて入れました。この夜は07時00分に帰宅しました。そのとき、当地は良く晴れた晴天でした。

しかし、同じ8月28日の夜、22時50分にオフィスに出向くと、板垣氏から「昨夜は何かとありがとうございました。今にも雨が降りそうな空ですが、PSNを確認するために今までねばっていました。しかしもうあきらめました。明日、晴れたら報告します。山から……、板垣公一」というメイルが20時43分に届いていました。どうも山形では晴天は続かなかったようです。この夜の朝は06時15分に帰宅しました。秋の訪れを告げるようなすがすがしい涼しい晴天の朝でした。

その8月29日夜は、22時20分にオフィスに出向いてきました。すると、その夕刻19時41分に板垣氏から届いたメイルで、氏がPSNの再観測に成功していたことがわかります。そこには「先日のNGC 5630のPSNを19時09分に観測しました。光度は16.0等でした」という報告と「なお、以前に、発見報告にはもっとも重要な情報であるとお叱りを受けた<発見直前の2005年8月5日に未出現>という情報が、中央局に送った発見報告に記載されてないようですが……。この情報が<必要ない>と言われるならば、発見報告のとき、私も大変楽なんですが……。それとも<8月5日未出現>では情報不足なのでしょうか?」というお叱りのメイルが添付されていました。氏には『発見直前の捜索結果は、出現を確実にするために大変重要な情報である』ことを、以前、口を尖(とが)らせて叱咤したことがあるのです(本誌2005年9月号11月号参照)。

どうも発見報告の一行を見落としていたようです。『これは一本取られた……』と思いながら、22時39分に中央局に送った発見第2報に、氏のこの発見前の情報をつけ加えました。すると、23時11分に板垣氏から返信が届きます。そこには「さっそく、本当にありがとうございます。ところで中野さん。27日に中野さんに報告したあと、すぐ確認待ち天体のページに載りました。でもこの2日間、誰も確認してくれません。残念です。超新星の発見は学問的に価値があるのでしょうかね? でも、前回のSN 2005cz(本誌2006年5月号参照)は、ハワイの10-m望遠鏡で観測してくれました。発見は価値があるのかなと思ってみたり、自分のやっていることに疑問を感じたりしています。でも、お陰さまで楽しくやっています。ありがとうございました」と書かれてありました。『板垣さん。すみませんでした』。それと捜索者の皆さん。発見直前の捜索があるならば、ぜひつけ加えてください。それが発見の信憑性を高めるとともに確認依頼の際の印象が良くなります。

この8月29日には、留守番電話にもうひとつ別の報告が12時49分に記録されていました。それは、精力的に新星捜索を行っている亀山の中村祐二氏からものです。氏からは12時51分にFAXも届いていました。そこには「少し日数が経って恐縮なのですが、8月26日深夜にデジタル・カメラ+105-mm f/2.8レンズで新星捜索用にカシオペア座を撮影した画像に移動天体を検出しました。おそらく人工衛星と思います。ただ、通常の衛星としては移動速度が1日あたり198゚と遅く、遠方の人工衛星ではないかと思います。しかし、地球接近小惑星(NEO)の可能性もあるのではないかと思い念のため報告します」という連絡と、26日23時13分と23時14分に撮影された2枚の捜索画像からの始点と終点の4個の測定位置が記載されていました。さらにFAXには「天体の光度は10等級、30秒間の露出中、天体は線に写っており南東に移動している」と書かれてありました。

ところで、地球に接近する既知のNEOの中には、10等級まで明るくなるものが少なくとも1年間に数個ほどあります。これは、現在までに発見された約3000個のNEOの軌道から計算、予報されたものです。世界各地で行われている全天サーベイのおかげで、地球近辺に入ってくるNEOもその大きなものは大半が発見されました。しかし、NEOと地球との会合周期が長い上、まだ発見されていない未知の小さなNEOが地球に猛烈に近づいて明るくなる可能性は十分に残っています。中村氏から報告のあった高速移動天体も、このような小さなNEOが地球に接近したために明るくなり、偶然に氏の捜索フレームに捉えられたものかもしれません。ただこのようなNEOの場合、その接近後、太陽と天体と地球がなす角度(位相角)が大きくなり、地球からは新月状の暗い表面を見ることになります。このため、天体の光度が急激に暗く(たとえば、30等〜40等以下)なり、追跡観測を行うことができなくなります。したがって、もしこのような天体を発見された場合、その夜のうちに即座に報告して確認作業を行うことが必要になります。

さて、氏から報告された4個の観測から天体がNEOと仮定してその軌道を決定してみました。その状況から天体は地球に0.10AU以下に接近していたことが考えられます。しかし、地球と天体の接近距離を0.15AU以下として軌道決定をした場合、その軌道は計算できません。一方、地球周辺を運動する人工天体として軌道を決定すると、近地点距離が11031-km、遠地点距離が64889-km、離心率が0.83、軌道傾斜角が68゚〜80゚、周期が1.90日となって、氏から報告された観測を表現する軌道が決定できます。そのため、この天体は人工天体である可能性が大きいことになります。ただし、光度から推定される天体の大きさは約30-mとなって、人工天体としてはちょっと大きすぎるような気がします。『ちょっと大きいなぁ……』と思っていると、22時50分に中村氏から電話があります。そこで、氏には『観測された天体は極軌道近くを動く人工天体ではないか』ということを伝え、了承してもらうことにしました。その日の朝は06時05分に自宅に帰りました。

その8月30日夜、22時30分にオフィスに出向くと、その日の朝の08時56分に板垣氏から「おはようございます。今回もいろいろとお世話になりました。お陰さまでSN 2005dpになりました。今度も自分の観測が確認観測になったようで責任の重さを感じております。今後ともよろしくご指導お願いいたします。取り急ぎお礼申し上げます。ありがとうございました」というメイルが届いていました。07時21分に到着していたIAUC 8591を見ると、氏の発見が公表されていました。もちろんそこには「直前の8月5日の捜索では、超新星は、まだ出現していなかった」ことが記載されていました。

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171P/スパール周期彗星(1998 W1=2005 R3)

9月6日朝には、台風14号が九州に接近してきていました。台風はその夜に九州を横断し、日本海に抜けて行きました。当地は台風が直撃するよりも、むしろ九州付近を通った方がその影響を強く受けます。そのため、この夜はオフィスの中が水浸しになるほど雨が吹き込みました。しかし、台風は7日朝には北海道からオホーツクへと去って行きました。

その夜(9月7日)は21時55分にオフィスに出向いてきました。すると、21時30分にアリゾナのエリック(クリステンセン)から一通のメイルが届いていました。そこには「スパール周期彗星(1998 W1)を検出するため、9月7日20時半過ぎ、68-cmシュミットで60秒露光、淡い雲を通しての検出、CCD全光度は17等級、コマの視直径は約15"」という報告とともに20時半から21時までに行われた8個の観測が記載されていました。

この彗星は、1998年11月にカテリナ・スカイサ−ベイの41-cmシュミットによってエリダヌス座を撮影したフレ−ム上に発見された周期6.61年の新周期彗星で、発見光度は16等級。発見当時、彗星には尾は見られず、18"のコマが見られました。彗星は、1999年1月17日に近日点(q=1.73 AU)を通過し、その頃から1999年3月にかけて14等級まで明るくなりました。彗星の位置観測は1999年4月16日まで266個が報告され、そのうち120個の観測(45%)が我が国の観測者によるものでした。次回の彗星の近日点通過は2005年9月3日と予報されていました。

『この頃は、我が国の観測者も活躍していたんだなぁ……』と思いながら、さっそく報告があった観測と1999年出現時の観測を結んでみました。すると2回の出現は問題なく連結できます。したがってエリックの検出は間違いありません。というより、17等級という明るい彗星を他の天体と見間違うことはありません。そこで、9月8日00時27分になって『検出おめでとう。連結軌道を送る。もちろん、きみも知っているとおりこの検出を確定するためにはもう1夜の確認観測が必要だ。なおHICQ 2005にある予報軌道への近日点通過の補正量はΔT=−0.18日ほどだった』というメイルを送っておきました。この検出は、00時43分にEMESに入れ、仲間に知らせました。しかし、その後の4日間はエリックから何の返信もありませんでした。

9月12日22時40分にオフィスに出向いてくると、その日の朝07時54分に彼から一通のメイルが届いていました。そこには「毎月の彗星の軌道要素と残差をありがとう。もちろん、第2夜の確認観測を行うつもりだ。しかし、この数日間はカテリナ付近の天候がきわめて悪かった。今夜にでも観測できれば良いのだが……」と書かれてありました。

ところが、すでに17等級まで明るくなっていたこの彗星をねらっていた別の観測グループがブルガリアのソフィア近郊にいました。フラテフらの観測グループです。彼らは25-cm反射望遠鏡で、クリステンセンの検出時刻より約9時間ほど早い9月7日11時にこの彗星を捉え、その確認を9月10日と11日に行ったことが報告されます。この連絡を受けた中央局は、9月13日04時50分発行のIAUC 8599で両者の検出を公表しました。なお、最近は彗星の位置観測に興味を持つ人が世界的に少なくなっているせいか、周期彗星の検出も忘れられがちです。そのため、彗星がかなり明るくなるまで検出が行われず、比較的小口径でもたやすく検出が可能な状況が続いています。興味のある方は、ICQのComet Handbookなどで新周期彗星の回帰を確認して、条件の良くなった頃を見計らって、なるべく早く検出に挑まれることを期待します。

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169P/NEAT周期彗星(2002 EX12)

同じ夜(9月12/13日)、深夜前の23時52分に上尾の門田健一氏から一通のメイルが届きます。そこには「9月12日04時の169Pの観測時にこの彗星が急激に増光していることを観測した。CCD全光度で11.5等、中央集光ある恒星状の2'.4のコマと、西に5'.6の尾が見られる」というNEAT周期彗星の増光を捉えたことが報告されていました。前月8月には、彗星は核光度・全光度ともに15等級で観測されていました。そのため、彗星は約1か月前の光度より約4等級ほど増光したことになります。氏のこの報告は、13日01時19分に『上尾の門田健一氏の9月12日朝JSTの観測によると、この彗星は11.5等まで増光しているとのことです。氏の観測によると、彗星には恒星状の中央集光があって、コマの視直径が2'.4、西に5'.6の尾が見られると報告されています。次の予報位置はCometary Orbits in Augustの軌道からのものです。彗星は明け方の低空にいます』というコメントをつけてEMESに入れ、仲間に知らせました。

この彗星は、2002年3月15日にパロマーNEATサーベイで、おとめ座を撮影したCCDフレーム上に光度19等級で発見された周期が4.20年の新周期彗星です。しかし、発見当初、天体は完全な恒星状で、アポロ型特異小惑星2002 EX12として小惑星の仮符号が与えられました。この小惑星には、その後の調査で1989年と1998年の観測が見つかり、小惑星としてその連結軌道が計算されていました。発見後3年が経過した今年(2005年)9月17日に、この小惑星は近日点を通過します(前回の近日点通過は2001年7月7日)。その約2か月前の今年7月になって、米国のワーナが、35-cmシュミット・カセグレインでこの小惑星を観測したところ、7月28日には77"、29日には90"の長い尾が東南の方向に伸びていることを見つけます。また英国のフィッツシモンズも、ハレアカラの2.0-mフォークス望遠鏡で7月29日にこの小惑星を観測したところ、天体にはコマが認められないものの淡い直線状の尾が30"に広がっていることを観測し、この小惑星は彗星であることが判明しました。

しかし、彗星としての活動が始まったのはごく最近のことで、その約3か月前の5月10日の観測、さらに3.5-m NTT望遠鏡による5月14日の観測では、彗星の活動を示す明瞭なコマと尾は認められなかったと報告されています。彗星の活動があることが判明したため、この小惑星は、彗星として1988年・1997年・2001年・2005年と4回の出現を記録したことになり、周期彗星の登録番号169Pが与えられました。門田氏の観測時には、この彗星の全光度は13等級くらいであると予報されていました。

門田氏は、さらにその翌日の13日にもこの彗星を観測し「その光度が11.7等であること、強い集光のある2'.1のコマがあって、西に5'.9の直線状の細い尾が見られる」ことを、14日02時18分に中央局に報告しています。ダンは、この彗星の増光を9月14日08時15分発行のIAUC 8600に掲載します。そこには「ビエ−ナ(ウィーン)のジャガーは、20-cmシュミットで9月6日と7日に明け方の低空にいるこの彗星を観測したところ、約2'.5のコマと淡い10'ほどの尾が伸びていることを認めた。また、ニューメキシコのヘールによる20-cmと41-cm反射での9月12日と13日の眼視観測では、彗星は拡散状でその眼視全光度は11.5等と観測された。しかし、彼の8月上旬の観測では、彗星は恒星状で、その光度が14.5等〜15.0等であった」と報告されていました。しかし、そこには門田氏の観測は公表されていませんでした。なお、彗星の増光状態はその後も続き、門田氏は彗星のCCD全光度を2005年9月17日に12.3等、18日に12.5等、30日に13.3等と観測しています。

ところでこの彗星は、過去のいずれの回帰でも、初回の観測が、1989年3月7日(T=1988年12月6日)、1998年4月3日(T=1997年4月23日)、2002年3月15日(T=2001年7月7日)と、その近日点通過後に捉えられています。もちろん観測効果もあるでしょうが、この天体は、近日点通過後に明るくなり、彗星状を示す天体の1つであるようです。また、4回の回帰を連結した軌道にしては、平均残差が0".36と、彗星のそれにしては極めて小さいものです。表面の一区域に揮発性物質が付着して存在し、それが近日点通過頃に彗星状を呈する天体なのでしょうか。なお、日本流星研究会の長谷川一郎氏と大塚勝仁氏は、この彗星は7月から8月にかけて出現するやぎ座流星群の母彗星のひとつである可能性が大きいことを指摘しています。長谷川氏の予報によると、その放射点はα=306゚、δ=+7゚(極大8月4日)になるとのことです。

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SOHO彗星(2005 S1)

9月28日の夜は深夜まで寝過ごし、オフィスに出向いてきたのは29日00時25分のことでした。すると、その夜の28日23時45分に相模原の勝山廣氏から「22時00分頃に留守番電話に伝言を入れました。ぜひとも確認を要請したく、ご迷惑かもと思いながら改めてメイルを送ります。じつはSOHOウェッブ・サイトにある9月28日のLASCO C3カメラで撮られた01時〜10時40分UTの画像上を、やや右下方向から太陽方向に向けて増光しながら急速に移動する彗星状天体を見つけました。明るくなると期待されながら消滅したASAS彗星(2004 R2)が、SOHO画像で観測されたときより明るく感じます。そこで、この日に近日点を通過する彗星があるかどうか、この彗星は既知の彗星なのかを確かめていただけませんか。私自身、捜索歴はまったくなく、このような形でメイルをお送りすることも初めてです。熟練の方なら赤経・赤緯などまでしっかりと報告できるところですが、とても難しくてできることではありません。今日の画像に映った天体は、じっくり見ていると淡く尾が見られること、直線的な移動や増光を認めたことなどから彗星だと確信します。もしかしたら以前から観測されていて確認済の彗星かもしれませんが念のためにご報告しました。先ほどの電話の報告では、あまりにもうわずった声だったために、しっかりとしたものではありません。ここに改めてメイルをお送りしたしだいです。それがどんな結果でもかまいません。そのことが今後の自信につながると考えます。報告の仕方が中途半端かもしれず、お忙しい最中、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」というメイルが届いていました。また、最近、熱心にSOHOの画像を見ているバンコクの蓮尾隆一氏からも00時10分に「かなり明るいクロイツ群の彗星が、SOHO LASCO C3カメラの画像の04時の方向から太陽に向かっています。これだけ明るいと、発見前の写真がないかなぁ……とか、生き延びないかなぁ……と思っています」というメイルも届いていました。

そこで、さっそくSOHOのウェッブ・ページを見ました。二人の話だとSOHOベスト・ショットにあるような巨大な彗星が出現しているのではないかと期待しました。しかし、興奮したメイルのわりには小型の彗星でした。また、他にも気づいた人がいるようです。そこで、勝山氏には、00時32分に『ご報告ありがとうございます。多くの人がこの彗星に気づいているようです。まもなく小惑星センターが発行するMPEC上に軌道が出ると思います。なお、SOHO上に発見した彗星はSOHOウェッブ・サイトに報告するページがあるようです。それに報告してくださることをお願いいたします』というメイルを送っておきました。そして、到着しているメイルを見ると、この彗星の発見がすでに23時41分に到着のMPEC S70 (2005)に報告されていました。そこには、彗星は9月下旬に太陽のすぐそばで4等級くらいになるのではないかという位置予報がつけられていました。そのため、勝山氏に『メイルをいただく4分前にすでにMPECが届いていました。この彗星だと思います』というメイルとともに、この号を送付しました。00時49分のことです。夜が明けたその日の夕刻、9月29日18時48分には、蓮尾氏から「けっこうすごいですよ。もうC3カメラでは見えなくなってC2カメラに入っています。生き延びないかなぁ……。今、太陽系の共通重心とクロイツ群の近日点との関係はどうなっていましたっけ?」というメイルが届きます。クロイツ群が太陽接近後に生き延びるためには、木星と土星が合となって、太陽系重心を大きく動かす必要があるのです。蓮尾氏のメイルはそのことを言っているのです。なお、このことについてはいつか機会があれば紹介したいと思います。

さて、10月1日21時01分に勝山氏が送ったメイルが、なんと10月7日22時43分になって届きました。そこには「先日は返信いただきありがとうございます。今回はSOHO画像上に突如、例の彗星が現れて、私の報告時には某天文雑誌のホームページにも、まだニュースにはなっていませんでした。それで、中野さんに報告したしだいです。あのときは「もしかしたら、もう報告済みか、あるいは新しい彗星なのかもしれない」という気持ちで一杯でした。私がSOHO画像で太陽近傍を掠める天体をネットで観測するようになったのはつい最近のことです。中にはASAS彗星のようにすぐにそれとわかる天体もありましたが、ほとんどが他の星かノイズと見間違えるような淡いものが多く、久しぶりに明るい天体を見ることができたことはうれしく思いました。もしかしたらとは思いながらも、新しい天体を見つけることってかなり興奮するものですね。お忙しい折ご迷惑をおかけしましたがこれからも健康には充分に気をつけて頑張ってください。「(中野さんの)発見情報」を読むことは、唯一の楽しみです」と記されていました。

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