リチウムがあまり作られない新星爆発があった

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すばる望遠鏡の分光観測で、史上8例目となる新星でのリチウム生成現象がとらえられた。この新星で作られたリチウムの量はこれまでの観測例よりもかなり少ないようだ。

【2021年7月14日 すばる望遠鏡

リチウムは原子番号3番の元素で、138億年前に宇宙がビッグバンで誕生してから数分後の高温高密度の環境の下で、水素・ヘリウムとともに合成されたことがわかっている。ただし、この「ビッグバン元素合成」で作られるリチウムの量は、現在の宇宙に存在するリチウムの約1割ほどにしかならない。残り約9割のリチウムは、もっと後の時代に星間空間や恒星の内部、新星・超新星爆発などの環境で作られるのではないかと考えられてきた。

この予測を裏付ける観測的な証拠は2013年に初めて得られた。この年に現れた新星「いるか座V339」をすばる望遠鏡の高分散分光器(HDS)で観測したところ、リチウムの「もと」になるベリリウム(7Be)の吸収線が見つかり、大量のリチウムが新星爆発で生成され、宇宙へ放出されていることが明らかになったのだ(参照:「板垣さん発見の新星でわかった、宇宙のリチウム合成工場」)。その後もHDSの観測などによって、新星爆発でリチウムが作られている証拠がいくつも報告されている。

新星爆発によるリチウム生成
新星爆発でリチウムが作られる様子を描いたイラスト。白色矮星(中央のオレンジ色の小さな天体)と進化の進んだ恒星(奥の大きな青白い天体)のペアからなる連星系で、恒星のガスが白色矮星に降り積もることで白色矮星の表面が高温・高圧になり、やがて爆発的な核融合を起こすのが新星爆発だ。この核融合反応でヘリウムの同位体(3Heと4He)が結びついてベリリウム7(7Be)が作られる。7Beは爆発で吹き飛ばされながら、ガス塊の中で7Beの陽子の1つが電子を吸収して中性子に変わる「電子捕獲」という反応が少しずつ起こり、半減期53日でリチウム7(7Li)へと変化する(提供:京都産業大学、国立天文台)

今回、京都産業大学の新井彰さんを中心とする研究グループは、2015年9月に出現した新星「いて座V5669」(参照:「板垣さん、高尾さん、中村さんがいて座に新星を発見」)をHDSで観測し、史上8例目となる新星でのリチウム合成現象をとらえた。

新井さんたちの観測によると、この新星で作られたとみられるリチウムの量はかなり少なく、これまでに観測された新星でのリチウム生成量の数%にしかならないという。つまり、新星爆発でリチウムが生成される量は現象ごとに約100倍もばらついていることが明らかになったのだ。

これまでの観測で、ビッグバン以後の時代に作られるリチウムの大部分は新星爆発で説明できると考えられていたが、リチウムがあまり作られない新星爆発も存在することが今回明らかになったことで、超新星爆発など、他の天体や現象がリチウムの生成を担っている可能性も出てきた。今後、リチウムを作り出す新星の特徴(連星系の質量比や伴星の元素組成など)を詳しく調べることで、リチウムの生成量にばらつきが生じる原因を突き止められれば、天の川銀河の元素組成が時代とともにどう進化してきたかという問題を解く手がかりが得られるかもしれない。

「今回の成果は、観測的にこれまでで最も少ないリチウム生成を決定できたことが重要な特徴です。新星のリチウムの生成量は、理論と観測の双方から探求されています。リチウム生成量の実際の範囲を観測的に明らかにすることで、新星の爆発そのものや、ビッグバンから繋がる銀河の化学進化に関するフィードバックになることを期待しています」(新井さん)。