水がないファエトンの表面

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2017年12月に小惑星ファエトンが地球に接近した時の近赤外線観測から、天体の表面に水分子や含水鉱物が存在しないことがわかった。ファエトンの形成過程や塵放出の仕組みを解き明かす手がかりとなる成果だ。

【2020年5月11日 千葉工業大学

地球接近小惑星「ファエトン((3200) Phaethon、フェートンとも)」は、直径約6kmと地球に接近する天体としては最大級のサイズであり、彗星に似た特異な軌道を持つ小惑星だ。太陽近傍で塵を放出する「活動的小惑星」としても知られており、ふたご座流星群の母天体とされているが、このように彗星と小惑星の両方の特徴を持つ天体の表面物質や塵が放出される仕組みはいまだに謎が多い。また、地球から観測した反射スペクトルと軌道が大型の小惑星「パラス((2) Pallas)」に似ていることから、ファエトンはパラスから分裂したという説もある。

ファエトンは「はやぶさ2」が探査した小惑星「リュウグウ」やオシリス・レックスが探査した小惑星「ベンヌ」同様、有機物や水を含む炭素質隕石に似た組成を持つと考えられている。これまでの研究ではこの説を裏付けるデータが足りておらず、データ取得には水酸基や水分子による吸収が顕著な3μm波長帯の近赤外線の観測が欠かせないが、そうした観測も行われていなかった。

約1.4年周期で公転しているファエトンが地球から約1000万kmまで接近した2017年12月中旬、ファエトンの実態を明らかにしようと世界中の望遠鏡で観測が行われ、その成果が報告されている(参照:「地球近傍小惑星ファエトンの姿をレーダーで観測」「特異な偏光が示す、小惑星ファエトンの非一様な反射特性」)。

ファエトンのレーダー画像
2017年12月にプエルトリコのアレシボ天文台で取得されたファエトンのレーダー画像。時系列は左上から右下で自転1周期分に対応する(提供:Arecibo Observatory/NASA/NSF)

米・ハワイ島にあるNASA赤外線望遠鏡施設では、NASAジョンソン宇宙センターのDriss Takirさんたちの研究チームが近赤外波長域での観測を行った。その結果、南極域を除く約90%にあたるファエトンの表面では3μm波長帯のスペクトルに吸収が見られなかった。ファエトンの表面に水分子や含水鉱物が存在しないことを示す結果である。

ファエトンとパラスの反射スペクトル
ファエトンとパラスの反射スペクトルの比較。ファエトンのスペクトルには3μm波長帯の吸収はないが、パラスのスペクトルには吸収がある(提供:Takir et al., 2020)

パラスには3μm波長帯のスペクトルに吸収が見られることから、もしファエトンがパラスから分裂した天体だとすると、太陽と水星の距離の約3分の1の距離にまで近づく軌道に移り、表面が700℃以上に熱せられるようになったことで水が失われてしまったのだと説明できる。

また、流星群の母彗星は水の氷が蒸発することで流星の素となる塵を放出するが、ファエトンにはその水分が存在しないにもかかわらずふたご座流星群の流星物質を供給している。このメカニズムとして熱的破壊、高速回転、太陽輻射圧などが考えられるが、現時点ではそのいずれかについてはわからない。

現在、宇宙航空研究開発機構等が計画を進める「デスティニー・プラス」(DESTINY+)ミッションでは、探査機でファエトンに高速接近し、望遠カメラと分光カメラで天体表面を撮像するとともに、天体周辺の塵の化学組成をその場で分析する予定だ。今回の研究成果から新たに提起された疑問を含め、DESTINY+によるファエトンの謎の解明が期待される。

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