超大質量ブラックホール・ジェットが促進させる星の誕生
【2017年2月17日 アルマ望遠鏡】
地球から57億光年彼方の「ほうおう座銀河団」の中心にある銀河の中心には、超大質量ブラックホールが存在している。このブラックホールは周囲からガスを吸い込み、その一部を高速の双極ジェットとして銀河間空間に噴き出している。このような非常に活発な活動を示す天体は「活動銀河核」と呼ばれている。
NASAのX線天文衛星「チャンドラ」による観測で、この双極ジェットは銀河の両側に巨大な「泡」を作り出していることが明らかになっていた。泡は非常に高温で希薄なプラズマガスでできており、銀河を取り巻いている。あまりに高温であるため、泡のガスは、星の誕生に必須である「冷えて収縮するという過程」をたどることはできないだろうと考えられてきた。
英・ケンブリッジ大学のHelen Russellさんたちの研究チームがアルマ望遠鏡を使ってこの銀河団を観測したところ、「泡」の側面に沿って低温の分子ガスが細長く分布していることが明らかになった。低温ガスは活動銀河核の両側に8万2000光年もの長さにわたって存在しており、総質量は太陽100億個分にも相当する。この低温ガスは、泡によって銀河中心部から持ち上げられたものか、あるいは泡の表面で作られたもののようだ。
ほうおう座銀河団の擬似カラー画像。(青)チャンドラが撮影した高温ガスの分布。中央の銀河の上下に「泡」のような構造が見える。(オレンジ)アルマ望遠鏡による電波観測。銀河の方向と、泡の側面に沿った場所に細長く伸びた低温ガスの分布が明らかになった。(背景)ハッブル宇宙望遠鏡による画像(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), H. Russell, et al.; NASA/ESA Hubble; NASA/CXC/MIT/M. McDonald et al.; B. Saxton (NRAO/AUI/NSF))
「超大質量ブラックホールによって作られた泡状構造と、銀河の成長に欠かせない星の材料の関係が、アルマ望遠鏡による観測で初めて直接明らかになりました。ブラックホールが今後の星形成活動をどのように制御するのか、またブラックホールの活動の源となる物質を銀河がどのように獲得するのかという2点に、今回の研究は新しい視点を提供するものになりました」(Russellさん)。
これまでは、強力なジェットを作り出すためにブラックホールが星の材料であるガスを消費すると、星の誕生現場がかき乱されて星の誕生は止まってしまうと考えられてきた。また、活動銀河核が放つジェットや光が熱源となり、星の誕生を妨げているとも考えられてきた。
「今回の発見にはとても驚きました。今回観測した超大質量ブラックホールは確かにガスを噴き上げて泡状構造を作り出し、周囲のガスを加熱しているのですが、同時にじゅうぶんなガスを冷やしてもいたのです」(カナダ・ウォータールー大学 Brian McNamaraさん)。
ほうおう座銀河団の中心にある銀河の想像図。銀河中心にある超大質量ブラックホールから上下に強力なジェットが噴き出しており、それが高温ガスの「泡」(青色)を作り出している。その泡状構造の縁に沿って分布している低温ガスは、やがて銀河に落下し、星の材料になるとともに超大質量ブラックホールのエネルギー源となる(提供:B. Saxton (NRAO/AUI/NSF))
「超大質量ブラックホールが、どのように爆発的星形成の暴走を抑えながら同時に母銀河の成長をコントロールしてきたのか、その疑問に答える成果ともいえるでしょう」(Russellさん)。
〈参照〉
- アルマ望遠鏡: 超巨大ブラックホール・ジェットが星の誕生を促す
- The Astrophysical Journal: ALMA Observations of Massive Molecular Gas Filaments Encasing Radio Bubbles in the Phoenix Cluster 論文
〈関連リンク〉
- アルマ望遠鏡: http://alma.mtk.nao.ac.jp/
- 星ナビ.com こだわり天文書評:
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