宇宙ジェットで掃き集められた分子雲

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X線連星から噴出する宇宙ジェットの先端領域に分子雲が2つ発見された。宇宙ジェットにより掃き集められた小さな分子雲の粒で構成されているとみられ、分子雲の形成過程に新たな示唆が与えられた。

【2023年5月23日 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所

ブラックホールや中性子星などの高密度な天体(コンパクト天体)と恒星がペアになっている連星系は、X線で明るく輝くためX線連星と呼ばれる。X線連星ではコンパクト天体の重力の影響で恒星表面からガスが剥ぎ取られ、そのガスがコンパクト天体に向かって落ちることがある。落ち込むガスの一部は細く絞られ、宇宙ジェットとして噴出する。

先行研究では、宇宙ジェットが星間物質を圧縮して高密度にし、星の素となる高密度で低温の分子雲ができやすい環境を作ることが示唆されている。一方で、宇宙ジェットは周辺の星間物質を熱して低温・高密度の分子雲の形成を妨げるという主張もあり、宇宙ジェットと分子雲形成の関連については、よくわかっていない。

鹿児島大学の酒見はる香さんたちの研究チームは、天の川銀河の中で最も活発なX線連星の一つで、光速の26%の速度の宇宙ジェットを噴出している「SS 433」に着目した。SS 433はわし座の方向にあり、電波星雲「W 50」という巻貝のような形をしたガス状の天体の内部に存在している。W 50の星雲の東西に引き伸ばされた「イヤー(ear)」と呼ばれる構造は、SS 433から噴出する宇宙ジェットの表面に対応する構造と考えられており、西側のイヤーの周辺には多数の分子雲が確認されている。

酒見さんたちは、分子雲の検出例のなかった東側イヤーを野辺山45m電波望遠鏡とチリのASTE望遠鏡(アタカマサブミリ波望遠鏡実験)を用いて観測し、東側イヤーの先端領域に大きな分子雲の塊を2つ発見した。これらの分子雲はイヤーとの衝突によると思われる特徴的な構造を持つ可能性が高いという。

電波星雲W 50
電波星雲「W 50」(巻貝のような形の部分)の全体像。東西に「イヤー」と呼ばれる構造がある。(中央の水色の点)X線連星「SS 433」の位置、(黄色の楕円)過去に分子雲が発見されている領域、(ピンク色の破線内、黄色の等高線)今回発見された分子雲(提供:鹿児島大学)

分子雲から放射される光を詳しく調べると、一般的に高密度の分子雲から放射されるような光が含まれていることがわかった。しかし、いくつかの種類の光の情報を組み合わせて解析したところ、分子雲の密度は典型的なものに比べて低いようだ。

東側イヤーの先端の分子雲
東側イヤーの先端に同定された2つの分子雲(黄色い楕円)から放射される電波強度の分布。マゼンタの等高線は東側イヤーの構造を示す(提供:鹿児島大学)

この結果について研究チームは、発見された分子雲が今回の観測の解像度では見ることのできないような、より小さな分子雲の粒が集まって塊のように見えているものと考えている。解像度よりも小さい分子雲からの放射は実際より弱く観測されてしまい、分子雲の密度がより低く評価される。今回発見した分子雲も、実は大きな塊ではなく、もっと小さな分子雲が集まっている可能性があるというのだ。

こうした分子雲の集まりを作り出す方法として、酒見さんたちは、周辺に元々存在していた小さな分子雲の粒が宇宙ジェットによって掃き集められるというメカニズムを提案している。こうした状況は、今回発見された分子雲の特徴である「より小さな分子雲の粒が集まっている」という解釈とも一致する。この説明が正しければ、SS 433の宇宙ジェットは太陽の約6000倍もの質量のガスを集めることが可能なほど強力ということになる。

宇宙ジェットが小さな分子雲の粒を掃き集めるイメージイラスト
宇宙ジェットが周辺に散らばる小さな分子雲の粒を掃き集めるイメージイラスト(提供:国立天文台)

今回の研究は、分子雲の形成過程における宇宙ジェットの持つ新たな役割を示唆するものだ。研究チームは今後、分子雲をさらに詳しく観測し、宇宙ジェットが分子雲の形成・進化に与える影響を明らかにしようとしている。

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