観測と合うだけでは不十分、活動銀河核のモデル
【2022年10月3日 JAXA宇宙科学研究所】
銀河の中心に潜む超大質量ブラックホールへ物質が流れ込むと莫大なエネルギーが生じ、明るく輝く銀河中心核となる。このとき、ブラックホールの周辺には回転しながら落下する物質が形成する降着円盤と、高温で薄いガスからなるコロナが形成される。これらはとりわけX線で強く輝くが、一方でそのX線を遮ってしまう「吸収体」もブラックホール周辺に存在することがわかってきた。
ブラックホールのコロナや吸収体がどのような構造や状態であるかについては、様々なモデルが提唱されている。そして基本的にはどのモデルを使ってシミュレーションを行っても、観測されている活動銀河核のX線スペクトルを再現できてしまう。つまり、適切なモデルを選ぶには、単に観測と合っているかどうか以外の切り口が必要となる。
東京大学の御堂岡拓哉さんたちの研究チームは、うしかい座の方向約2億5000万光年の距離に位置するNGC 5548の活動銀河核に注目した。この活動銀河核では複雑で時間変動するX線吸収が生じており、その仕組みを解明すべく複数の天文衛星などによる観測キャンペーンも行われている。しかし、その観測結果に合うように先行研究で作られたモデルには問題があった。
先行研究では、異なる性質を持つ2層の吸収体などからなり、変化するパラメーターが9つもある複雑なモデルでX線スペクトルの変動を説明した。これらのパラメーターのうち、ブラックホールコロナが発するX線スペクトルの形状を表す「光子指数」と、吸収体の片方の層によるX線の吸収率の間に相関関係が見つかっている。だが、中心付近のコロナがとそこから離れた吸収体の間に、これらのパラメーターを連動させるような物理的なつながりはないはずだ。
御堂岡さんたちは、不必要に多くのパラメーターを設定したことで連動しないはずのパラメーターが相関してしまったのだと考え、よりシンプルなモデルを構築した。
研究チームのモデルの概略図。超大質量ブラックホールを取り巻くコロナからX線が放射され(青線P)、視線上の複数の吸収体により吸収を受けたX線が観測される。鍵となるのは粒状のガス塊が集まった層で、それぞれの粒は熱い外層(W1)と冷たい中心部(W2)からなる(提供:Midooka et al., 2022, Fig.3を改変)
研究チームは、熱い外層と冷たい中心部という二重構造を持つガスの塊がいくつも集まってX線を吸収していると想定した。このモデルではわずか3つの要素を変えるだけで、16年間におよぶNGC 5548のX線スペクトルの変化を説明できるという。先行研究のようにパラメーターが不自然な相関を示すこともなかった。
こうして、「観測とモデルが一致しているか」だけを見るのではなく、パラメーターの正当性を吟味することにより、超大質量ブラックホール近傍のより現実的な物理モデルが構築された。今後はJAXAが2023年に打ち上げを予定しているX線天文衛星「XRISM」の観測によって、モデルがさらに改良できると期待されている。
〈参照〉
- JAXA宇宙科学研究所 研究情報ポータル あいさすGATE:X線天文衛星のアーカイブデータから、銀河中心ブラックホール近傍のより整合的な物理モデルを提案
- MNRAS:Simple interpretation of the seemingly complicated X-ray spectral variation of NGC 5548 論文
〈関連リンク〉
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