クエーサーの変光を予言する重元素のスペクトル
【2022年9月7日 京都大学】
銀河の中心には太陽質量の数百万~数億倍という超大質量ブラックホールがある。このブラックホールに周囲から大量に物質が落ち込んで莫大なエネルギーを放射しているものを「活動銀河核(AGN)」と呼び、とくに可視光線で非常に明るいAGNを「クエーサー」という。ブラックホールは周囲の物質を取り込むことで質量を増やすので、クエーサーやAGNは巨大ブラックホールが成長しつつある姿だともいえる。
クエーサーのイラスト。銀河中心にある超大質量ブラックホールに周囲から大量のガスが落ち込んで降着円盤をつくり、きわめて明るく輝く。ブラックホールから光速近い速度で物質が放出されるジェットもしばしば見られる(提供:京都大学、以下同)
クエーサーが放つ光は、数か月から数年のタイムスケールで明るさが1~2等ほどランダムに変わるが、明るさが変動する詳しい仕組みや、変光現象の背後に何らかの規則性が存在するのかどうかはよくわかっていなかった。
京都大学の名越俊平さんと岩室史英さんは、銀河の大規模サーベイプロジェクト「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)」で得られている約1万3000個のクエーサーのデータを解析し、クエーサーのスペクトルに含まれる鉄(Fe II)、酸素([O III] (500.7nm))、水素(Hβ)の輝線の強さと、クエーサーの変光の間に関係があるかを調べた。
その結果、10年の観測間隔の間に光度が暗くなったクエーサーの場合、酸素や鉄の輝線が強いクエーサーほど減光の度合いが小さいことが明らかになった。
10年の間に暗くなったクエーサーの明るさと輝線の性質をまとめた図。横軸が鉄、縦軸が酸素の輝線の強さを示す。色の付いたデータ点は各クエーサーの減光量を示し、赤いほど大きく減光したことを示す。鉄・酸素とも輝線が強いクエーサーほど減光量が小さい傾向がみられる。また、鉄と酸素の輝線の強さは互いに逆の相関関係になっている
各クエーサーの明るさと輝線の強さが時間とともにどう変化しているかを調べたところ、(A)クエーサーが暗くなるときには酸素と鉄の輝線がともに強くなり、(B)クエーサーが明るくなるときにはどちらの輝線も弱まる、という傾向が見られた。さらに、クエーサーの平均的な性質として、酸素の輝線が強いクエーサーでは鉄の輝線が弱く、鉄の輝線が強いクエーサーでは酸素の輝線が弱い、という逆相関の関係があることもわかった。
これらのことから名越さんたちは、クエーサーの明るさが変動する際には、輝線の強さが平均的な状態をはさんで(A)と(B)の状態を揺れ動くように移り変わるのではないかと推測している。クエーサーの輝線の強さとその後の明るさの変化が密接に結びついていることが示されたのはこれが初めてだ。
各クエーサーの輝線の強さがどう変化したかを示す図。暗くなったクエーサー(左)では鉄・酸素とも輝線が強まり、明るくなったクエーサーでは鉄・酸素とも輝線が弱まる(右)という傾向が見られる。画像クリックで表示拡大
今回明らかになったクエーサーの光度とスペクトルの関係をさらに深く調べれば、ランダムだと思われてきたクエーサーの明るさの変動をスペクトルのデータから予測できるようになるかもしれない。さらに、こうした規則性を使えば、あるクエーサーが成長史の中で現在どの段階にいるのかを知る手がかりにもなると期待される。
「蓄積された時系列データを使った研究は、今後の天文学における大きなトレンドになると思います。とくに、クエーサーの時間変動は数年単位のゆっくりとしたものが多く、数十年以上の長時間でどのように変化するのかは未解明です。現在着目されていないデータも多数あり、今後の展開も楽しみです」(名越さん)。
〈参照〉
- 京都大学:クエーサーの明るさの変動に特性を発見
- Publication of the Astronomical Society of Japan:The relation between quasars’ optical spectra and variability 論文
〈関連リンク〉
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