年老いて冷えた銀河団の中心に存在する若いジェット
【2020年9月7日 国立天文台水沢】
銀河は宇宙にばらばらに散らばっているわけではなく、数百個から数千個の銀河が集まって銀河団を形成している。銀河を銀河団に引き寄せて留めているものの候補としてダークマターが考えられており、そのダークマターの強大な重力によって銀河団には1000万度を超える高温のガスも大量に閉じ込められている。
高温ガスはX線で強く輝き、X線を放射したガスは熱を失って圧力が低下する。するとダークマターの重力で銀河団の中心部へ引き寄せられるため、集まったガスはさらにX線を放射し、より一層冷えることになる。やがて冷えたガスは銀河団の中心にある銀河に降り積もり、そこでたくさんの星が形成されると予想されている。
しかし、天の川銀河近傍の銀河団ではこのような証拠は見つかっていない。銀河団の中心にある銀河に存在する超大質量ブラックホールからジェットが噴き出し、そこからエネルギーが供給されることでガスが冷えないと考えられている。
地球からおよそ59億光年彼方にある「ほうおう座銀河団」は年老いて冷えた銀河団だと考えられており、天の川銀河近傍にある銀河団とは大きく様子が異なっている。この銀河団の中心には通常の1000倍の速さで爆発的に星が作られる巨大な銀河が存在し、その巨大な銀河の中心に存在する超大質量ブラックホールは1年あたり太陽約60個分の質量を取り込んで急成長している。
国立天文台の赤堀卓也さんたちの研究チームは、アルマ望遠鏡の観測によってこの銀河団の中心部で例外的に大量のガスが冷えていることを明らかにしており、巨大銀河に見られる爆発的な星形成の種となる可能性を示している。これまで、超大質量ブラックホールから吹き出すジェットは見つかっておらず、ジェットがガスの冷却を妨げるという説を一見裏付けているように見える。しかし、これまでの観測では解像度や感度が足りていなかった。
ほうおう座銀河団の中心にある銀河から噴き出すジェットの想像図(提供:国立天文台)
今回、赤堀さんたちは南半球にある電波干渉計・オーストラリア望遠鏡コンパクトアレイ(ATCA)を用いて、従来よりも高い周波数の電波を観測した。従来の周波数はジェットの全体像を観測するために選ばれていたが、高い周波数電波を長時間にわたってとらえることで、ほうおう座銀河団の中心部の高感度・高解像度のデータを取得した。
その結果、中心にある銀河から噴き出すジェットをとらえることに成功し、さらにジェットが2組あることを突き止めた。このうち一方のジェットは誕生から数百万年とみられており、銀河団に比べて極めて若いと推定されている。
ほうおう座銀河団の中心で観測された電波ジェットの強度。左右のグラフは同じ領域であり、縦横軸は天体の天球上での座標を、色は電波強度を表す。左図は銀河団中の巨大銀河(C1)の強度分布を、右図は右上と左下の両方向に伸びたジェットからの電波強度を示す。ブラックホールなどから噴き出されるジェットは一般的に天体を挟んだ両方向に存在することが知られている。C1から両方向に電波放射が観測され、中心から離れたC5とC6のペア(点線四角)は昔噴き出されたジェット、C4とC3(点線楕円)は最近噴き出されたジェットと考えられる(出典:Akahori et al. 2020)
これまで知られていた天の川銀河近傍の銀河団と異なり、ほうおう座銀河団の中心部で大量のガスが冷えているにもかかわらずジェットの存在が確認されたということは、ジェットが高温ガスの冷却を止めていないことを示す。観測されたジェットはまだ噴き出したばかりで、ガスの過熱が十分に進んでいないことが考えられる。
「ほうおうは本来フェニックス、つまり不死鳥のことです。不死鳥の伝説の通り、この銀河団は死につつあるが今まさに甦ろうとしているのかもしれません。建設の始まる超大型電波望遠鏡SKAを用い、さらに高感度かつ高解像度でこの天体を観測して、近くの銀河団との違いがなぜ生じているのかを解明していきたいです」(赤堀さん)。
〈参照〉
- 国立天文台 水沢:不死鳥は甦るか?-冷えた銀河団の中心で生まれた若いジェットを発見
- Publications of the Astronomical Society of Japan:Discovery of radio jets in the Phoenix galaxy cluster center 論文
〈関連リンク〉
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