これまでで最も地球に近いブラックホールを発見

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地球から約1000光年の距離にあるブラックホールが発見された。これまでに知られている中では地球に最も近く、2個の恒星との三重連星になっている。

【2020年5月8日 ヨーロッパ南天天文台

ぼうえんきょう座の方向約1000光年の距離にある恒星「HR 6819」(ぼうえんきょう座QV)は、肉眼でも見ることができる5.3等級の明るさで光る天体である。この星は「Be型星」と呼ばれるタイプの星で、比較的高温で青白く、輝線スペクトルを持つという特徴がある。

HR 6819
ぼうえんきょう座の恒星HR 6819(中央の青い星)。1個の恒星に見えるが、実際には内側に恒星とブラックホールの連星があり、その外側をもう1つの恒星が回っている三重連星系であることがわかった(提供:ESO/Digitized Sky Survey 2. Acknowledgement: Davide De Martin)

これまでの分光観測で、HR 6819のスペクトルにはこのBe型星とは別の、「B3型」というスペクトル型の星の光が混ざっていることが知られていた。これは、HR 6819がBe型星とB3型星からなる連星であることを示唆している。そこで、ヨーロッパ南天天文台(ESO)のThomas Riviniusさんを中心とする研究チームは、連星系の研究の一環として、このHR 6819の観測を行った。

すると、B3型星の方のスペクトルにわずかなふらつきが見られた。これは、B3型星がさらに別の「第3の天体」との連星になっているということを意味している。そこで研究チームでは、チリのESO・ラシーヤ天文台にあるMPG/ESO 2.2m望遠鏡で数か月にわたる詳細な観測を行い、B3型星と「第3の天体」とが40日周期で回り合っていることを突き止めた。つまり、HR 6819は、内側にB3型星と「第3の天体」が回り合う連星系があり、さらにその外側をBe型星が公転している三重連星だというわけだ。

HR 6819のイラスト
三重連星系HR 6819のイラスト。内側にB3型の恒星(水色の軌跡)と後述のブラックホール(赤い軌跡)との連星系があり、40日周期で互いの周りを回っている。ブラックホールには激しい活動性は見られず、光では見えない。その外側をもう一つのBe型星が回っている(水色の大きな軌跡)(提供:ESO/L. Calçada)

連星が回る周期がわかると、2個の天体の質量を求めることができる。Riviniusさんたちが観測結果から内側の連星の質量を見積もったところ、B3型星の方が太陽質量の約5倍以上、「第3の天体」が太陽質量の約4.2倍以上という結果になった。質量が太陽の4.2倍の恒星はふつう「B7型」という青白い星のスペクトルを持つはずだが、実際のHR 6819の光にはB7型の星のスペクトルの特徴は全くみられず、Be型星とB3型星の光以外は含まれていない。そのため、「第3の天体」の正体は普通の恒星ではないことになる。

恒星以外のコンパクトな天体というと、巨大惑星や褐色矮星、もしくは白色矮星・中性子星・ブラックホールなどが候補になるが、質量が少なくとも4.2太陽質量だという点から、ブラックホール以外にはありえないと研究チームでは結論づけた(白色矮星は1.4太陽質量、中性子星は2.6太陽質量以上のものは存在しないことが、恒星進化の理論から知られている)。

一般的に、ブラックホールは強い重力で周囲の物質を吸い込むため、周りに「降着円盤」と呼ばれるガス円盤ができ、この円盤の物質が激しく回転して発熱することで、X線などを強く放射する。また、ブラックホールの自転軸の方向に強力なジェットを放出するものもある。現在までに見つかっているブラックホールのほとんどではこうした激しい活動がみられるが、今回見つかったHR 6819のブラックホールは周囲の環境と相互作用している様子が全くみられず、まさに「真っ黒」の珍しいブラックホールだ。

私たちの天の川銀河の中でこれまでに見つかっていたブラックホールは20個ほどで、そのうち最も太陽系に近いものは約3000光年、有名な「はくちょう座X-1」は約6000光年の距離にある。今回のHR 6819の距離は地球から約1000光年で、地球に近いブラックホールの記録を更新するものだ。

天の川銀河の年齢を考えれば、実際には膨大な数の恒星が一生を終えてブラックホールになっているはずだが、激しい活動を見せないブラックホールは存在に気づくことがむずかしい。今回、地球の近くでHR 6819のような静穏なブラックホールが見つかったことは、天の川銀河のどこにこうしたブラックホールがたくさん隠れているのかという問題を解くヒントになるだろう。

「天の川銀河には数億個のブラックホールがあるはずですが、私たちが存在を知っているのはそのうちのごくごくわずかにすぎません。今回のような研究でどこを探せばよいかがわかれば、より見つけやすくなるでしょう」(Riviniusさん)。

HR 6819のような三重連星をたくさん見つけることができれば、近年「LIGO」などの重力波望遠鏡で検出されている、強い重力波を放出する激しい合体現象についても謎を解く手がかりが得られるかもしれない。研究者の中には、三重連星系の内側の連星が「2個のブラックホール」か「ブラックホールと中性子星」というペアの場合に、こうした合体現象が起こりうると考える人もいる。内側の連星に外側の星が近接遭遇することで、内側の連星の合体を引き起こし、重力波が生じるというのだ。HR 6819のような多重連星系を研究することで、恒星同士の衝突が多重連星系の中でどのように起こるのかを理解するのに役立つかもしれない。

(文:中野太郎)