火星の砂嵐が大気を酸化させた可能性

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火星で砂嵐が発生すると、水に由来する水素ガスの流出が促進されることが知られていたが、水を構成するもう一つの要素である酸素は、逆に流出しにくくなる可能性が明らかになった。

【2023年2月6日 JAXA宇宙科学研究所

かつて火星は海のある温暖な惑星だったと考えられているが、今では水は失われ、寒冷で乾燥した気候となっている。失われた水は凍って地下に眠っているという説もある一方で、水が水素と酸素に分離しつつ宇宙空間へ流出したという考え方が近年注目を浴びている。この現象では、火星で頻繁に起こる大規模な砂嵐(ダストストーム)が重要な役割を果たしているかもしれない。

2020年11月の火星
2020年11月の火星((左上)11日から(左下)18日)。砂嵐によって変化した表面の複雑な様相が見て取れる。画像クリックで天体写真ギャラリーのページへ(撮影者:Ken.Nakayamaさん。画像選定はニュース編集部による)

実際、欧米の火星探査機によって、砂嵐の後に水蒸気が大気上層へ運ばれ、そこから宇宙へ散逸する水素が増えている様子が直接観測されている(参照:「3つの探査機で同時観測、火星の砂嵐で水が失われる過程」)。しかし、水のもう一つの構成要素である酸素の動きはあまり解明されていなかった。火星大気のほとんどを占める二酸化炭素にも酸素分子が含まれているため、微量成分である水蒸気による寄与は小さいというのがこれまでの予想だった。

JAXA宇宙科学研究所の益永圭さんたちの研究チームは、JAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」や欧米の5つの火星探査機の観測データを調べ、2016年9月に火星で砂嵐が発生した際の水素と酸素両方の変動を調べた。

「ひさき」は紫外線の分光観測によって金星や火星からの大気流出を調べることを主な目的としていて、今回は火星の上層大気で水素原子と酸素原子が発する紫外線をとらえた。このデータと、欧米の探査機がそれぞれ観測した下層大気中のダスト量、水蒸気量、氷雲、気温、気圧といった気象データを解析して、下層大気の状態と上層大気の水素や酸素の総量の関連を調査している。

その結果、火星で砂嵐が発生すると一時的に上層大気では水素ガスが約2倍増加し、酸素ガスは約3分の1に減少することが明らかになった。砂嵐によって水素の流出が促進されるのはこれまで知られていたとおりだが、酸素は逆に流出しにくくなったのだ。

今回の研究成果の概念図
今回の研究成果の概念図(提供:JAXA)

火星の砂嵐は季節的に発生するが、火星の1年(700日弱)で少なくとも3回は大規模に発達する。もし、水素が逃げやすく酸素がとどまるという状態が今回以外の砂嵐でも生じていて、それが太陽系の長い歴史で繰り返されてきたとするならば、火星の大気は砂嵐によって酸化され続けてきたことになる。

これは裏を返せば、過去の火星大気が現在よりも還元的だったことを示唆している。還元的な大気では雷などの放電現象を介して有機物の合成が起こりやすいと考えられている。有機物は生命の重要な構成要素であり、過去の火星は生命が生まれやすい環境だった可能性もある。今回の成果は、火星における生命環境に関するヒントを与える結果となるかもしれない。