宇宙背景放射に暗黒物質・エネルギーの「指紋」の可能性

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暗黒物質や暗黒エネルギーの正体を解明する手がかりとなる「パリティ対称性の破れ」の兆候が、宇宙マイクロ波背景放射の分析から得られた。

【2020年12月1日 高エネルギー加速器研究機構

宇宙の95%は未知の暗黒物質や暗黒エネルギーで占められている。宇宙を支配しているとでもいうべきこれら物質・エネルギーの正体を探るには、宇宙誕生時から宇宙全体へ広がっている光が手がかりになるかもしれない。

ビッグバン直後の火の玉状態だったころの宇宙の輝きは、現在も宇宙全体に広がっている。宇宙の膨張に伴って光の波長が伸び、現在ではあらゆる方向から届くマイクロ波(宇宙マイクロ波背景放射、CMB)として観測される。もし暗黒物質や暗黒エネルギーがCMBと何らかの相互作用をしていれば、その痕跡をとらえることで性質を知り、正体の解明につなげることができる。

特に注目されるのが、光の波の振動方向である「偏光面」だ。通常の物理法則は、鏡に映した世界でも全く同じように働く。このような状態を「パリティ対称」と呼ぶが、素粒子の世界ではこのパリティ対称性が破れる現象が存在する。もしCMBと暗黒物質や暗黒エネルギーの相互作用がパリティ対称性を破るものだった場合、CMBの偏光面はわずかに回転していると予想される。

ただし、CMBの偏光面の回転はごくわずかである一方、そのCMBを観測する検出器の仕組みによってどうしても「見かけ上の偏光面の回転」が発生してしまう。これまでは、観測された偏光面の回転から、検出器に由来する回転を精度よく差し引く手立てがなかった。

CMBの光の偏光面の回転の発生と観測の概念図
暗黒物質・エネルギーと作用して宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の光の偏光面がわずかに回転して観測されることを示したイラスト。138億年前に放射されたCMB(図中左の円)の光の波(オレンジ線)の振動方向である偏光面が暗黒物質・エネルギーとの相互作用によってベータ(β)度だけ回転し、現在観測される光(図中右の円)となる。回転により、偏光のパターン(円の中の黒線で描かれた模様)が変形して観測される。図中円の色ムラは、宇宙マイクロ波背景放射の温度のムラ(温度ゆらぎ)を表し、赤いほど高温、青いほど低温であることを示す(提供: Y. Minami/KEK)

高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所の南雄人さんとマックス・プランク宇宙物理学研究所/東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の小松英一郎さんのチームは、天の川銀河内の塵が放つ別の光に注目した研究でこの問題に取り組んだ。

天の川銀河内の塵が放射する光が地球に届くまでの距離は、CMBの光が約138億年かけて地球に届く距離と比べてはるかに短く、光の偏光面はほぼ回転しない。つまり、暗黒物質・暗黒エネルギーとの相互作用による偏光面の回転は、CMBの光のみで見られる。一方、検出器に由来する回転は、どちらでも同じように観測できるはずだ。したがって、両者の差をとれば、パリティ対称性を破る相互作用によるCMBの偏光面の回転をとらえられる。

南さんたちはヨーロッパ宇宙機関の宇宙背景放射観測衛星「プランク」の観測データにこの解析手法を適用し、これまでの2倍の精度で検出器に由来する回転を取り除くことに成功した。求められたCMB偏光面の回転角は0.35度前後であり、99.2%の確率で0ではないという。言い換えれば、暗黒物質・暗黒エネルギーが本当にパリティ対称性を破る相互作用をCMBとの間で起こしている確率は99.2%である。

パリティ対称性が間違いなく破れていると認められるには99.99995%以上の確からしさが要求されるので、今回の結果はまだ「発見」とは言えないが、今後もこの手法でCMBの観測を続けることで、確率を上げていくことができると期待される。

「アクシオン」と呼ばれる新しい素粒子の候補はパリティ対称性を破り、暗黒物質や暗黒エネルギーの候補として注目されている。アクシオンは地上の素粒子実験でも探索されているが、暗黒エネルギーとしてふるまうような小さい質量のものは宇宙観測によってしか検証ができないため、CMB観測への期待は高い。

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