タイタンや原始地球を覆う「もや」の生成過程を解明

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土星の衛星「タイタン」や原始地球の大気中に存在する有機物エアロゾルを生成するメカニズムの室内実験と数値モデルから、原始地球では従来考えられていたよりも有機物エアロゾル層が薄かった可能性があることなどがわかった。これにより、タイタンと原始地球においてエアロゾル層が気候に及ぼす影響について再考の必要性が示された。

【2018年3月9日 千葉工業大学

土星最大の衛星「タイタン」は、天体全体がオレンジ色の分厚い「もや」(「ヘイズ」、有機物のエアロゾル)で覆わており、太陽からの紫外線や高エネルギー粒子をエネルギー源として、大気中で炭化水素分子が様々な反応を繰り返して重合している。

同様の現象は光合成細菌の活動によって酸素濃度が増大する以前の約25億年前の地球でも起こったと考えられており、生命の起源となる前駆物質を合成する環境として大きな注目を集めている。また、もやは太陽光を遮るため、惑星の気候を左右する上でも重要な役割を果たしている。

タイタンと、酸素濃度が上昇する前の太古の地球の想像図
(左)探査機「カッシーニ」が2005年9月21日に高度21万3000kmから撮影したタイタン。全球がオレンジ色の分厚いもやで覆われている。(右)酸素濃度が上昇する前の太古の地球の想像図。現在のタイタンと同様に大気中に大量の有機物のエアロゾルが存在するため惑星全体がオレンジ色に見えていた可能性がある(提供:NASA's Goddard Space Flight Center/Francis Reddy)

タイタン大気中でのもやの生成過程は、土星探査機「カッシーニ」と、カッシーニから切り離されてタイタンへ着陸した小型探査機「ホイヘンス」による探査で、ある程度理解されてきた。

しかし、まだ不明な点も数多く残されており、とくに120nm~300nmまでの比較的波長の長い遠紫外線によってエアロゾルが生成されるメカニズムはあまり解明されていなかった。タイタンでは遠紫外線よりも波長の短い極端紫外線や高エネルギー粒子によって反応が駆動されているが、地球では遠紫外線の照射量のほうがはるかに大きい。そのため、遠紫外線による反応メカニズムを調べることが、原始地球の気候の理解にとって重要となる。

千葉工業大学惑星探査研究センター(研究当時は東京大学新領域創成科学研究科所属)の洪鵬さんたちの研究チームは、遠紫外線を発生させることができる水素・ヘリウム光源を製作し、タイタンと原始地球の大気組成を模擬したメタンと二酸化炭素の混合気体に照射する実験を行った。そして、生成したエアロゾルの生成率や赤外透過スペクトル、気相分子の質量分析を行ったところ、メタンより二酸化炭素が多い大気組成では、エアロゾルの生成率が大きく下がること、生成されたエアロゾル粒子には直鎖状炭化水素に由来する化学結合が多く含まれることがわかった。

実験で計測された有機物エアロゾル層の成長率、生成された有機物エアロゾル層の赤外透過スペクトル例、モデルから計算された高分子炭化水素の重合反応の反応率を示した4つのグラフ
(a)実験によって計測された有機物エアロゾル層の成長率。メタンと二酸化炭素の比が小さくなると成長率が大きく下がる。(b)生成された有機物エアロゾル層の赤外透過スペクトルの典型的な例。エアロゾル粒子には直鎖状の炭化水素分子に特徴的に見られる化学結合(CH3とCH2の伸縮振動)が多く含まれ、環状の炭化水素に特徴的なC=C結合はあまり含まれない。(c)と(d)光化学モデルによって計算された高分子炭化水素の重合反応の反応率。実験で計測されたエアロゾル粒子の成長率(黒十字)は、従来予想されてきた比較的低次の重合反応とは調和しない(各曲線)。画像クリックで表示拡大(提供:千葉工業大学リリースページより、以下同)

さらに研究チームは、実験結果を解析するために、紫外線や高エネルギー粒子などの照射によって開始される光化学反応を計算する数値モデルを構築した。その結果、従来想定されてきた低次の炭化水素重合反応よりも、粒子表面で起こる「メチルラジカル」(分子や原子から結合が取れたり電荷が負荷されるなどしてエネルギーが高くなり反応性が高くなった状態にあるメチル基の一つ)の付着によって、固体や気体といった2種類以上の相が共存する状態での反応(不均一反応)が卓越することがわかった。

タイタン大気中での有機物エアロゾル生成過程の模式図
タイタン大気中での有機物エアロゾル生成過程の模式図。右枠内が今回の研究で着目された領域

これらの結果から、タイタンの中層大気では不均一反応による粒子の成長が卓越すること、また原始地球では従来の予想よりも有機物エアロゾル層が薄くなる可能性が示唆された。

近年、冥王星や太陽系外の惑星でももやの層の存在が確認されており、本研究で得られた知見はそのような還元的な大気を持つ天体にも広く適用できると期待されている。

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