月面クレーターの斜面は小天体衝突で変化し続ける

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月のクレーターの一部には、岩塊が斜面を転がった跡が残っている。このような活動によってクレーターは今も少しずつなだらかになっていると考えられるが、その原因は微小天体の衝突らしい。

【2022年10月31日 名古屋大学

月の地形は不変であるように見えるが、小さなスケールで見ると変化を続けている。2009年から観測を続けるNASAの月探査機「ルナー・リコナサンス・オービター(LRO)」の高解像度画像からは、数m~数十mの岩塊が月のクレーター周辺に多く分布していて、その一部が斜面を転がり、跡を残していることがわかっている。このような「岩塊崩れ」を繰り返していくと、長期的にはクレーターはなだらかになると考えられる。

シュレディンガー盆地の南側斜面
LROがとらえたシュレディンガー盆地の南側斜面。(左)青の多角形は岩塊密集領域、黄色と緑の線は岩塊が崩れた跡、黄色と緑とマゼンタの円は直径5m以上の小クレーターをそれぞれ示す。(右上)代表的な岩塊密集領域の画像、(右下)岩塊崩れの画像(斜面を転がった岩塊とその線状の跡が見られる)(提供:NASA/LROC/GSFC/ASU、Ikeda et al. (2022))

岩塊崩れの原因については、天体衝突と月震(月の地震)が挙げられている。微小な天体でも衝突すれば、大きなクレーターの斜面を揺らしたり岩を破壊したりして岩塊崩れを促進しうる。一方、断層で発生する月震は、単独では物体を動かせなくても、繰り返し起こることで岩塊崩れを引き起こすとする先行研究がある。

名古屋大学の池田あやめさんたちの研究チームは、天体衝突こそが岩塊崩れの原因だとする論文を発表した。池田さんたちは岩塊崩れが見つかっている2つのクレーター斜面を対象に、LROの画像から岩塊崩れと小クレーターの分布を調べ、JAXAの月周回衛星「かぐや」の観測データから斜面の傾きと地表の新鮮度を求めている。

対象地点の一つが、直径300kmを超える大型クレーターのシュレディンガー盆地の南側斜面だ。盆地そのものは約39億年前に形成されたと考えられているが、斜面の表面が置き換わった年代は推定約500万年前と新しい。斜面に点在する小クレーターの近くほど、岩塊崩れが発生しやすい傾向が見られることから、天体衝突が原因だった可能性が示唆される。一方、斜面が大きく傾いているところでは小クレーターが少なく、さらに斜面上方の地表が新鮮であるという傾向も見られた。

小クレーター形成時に斜面が経験する最大の加速度と岩塊崩れが起こり始めた地点の空間分布
シュレディンガー盆地南側斜面の中で、小クレーター形成時に斜面が経験した加速度(クレーター付近ほど大きい)と岩塊崩れが起こり始めた地点(水色)の分布。1枚目の画像に写る領域を25度回転させている(提供:Ikeda et al. (2022))

もう一つの地点付近では1975年1月にマグニチュード4の月震が発生していて、先行研究ではこの現象が岩塊崩れを引き起こしたと結論づけていた。今回、震央から半径200km以内のクレーターの斜面を調べたところ、震央からの距離と岩塊崩れの有無には相関がないことがわかった。つまり、これらの岩塊崩れは月震では説明できないということになる。

岩塊崩れのあるクレーターとないクレーターの空間分布
(a)先行研究で推定された、震央から約200kmまでで岩塊崩れのあるクレーター(赤)とないクレーター(黄)の空間分布。(b)震央距離70kmごとの、岩塊崩れのあるクレーターとないクレーターの数密度(提供:NASA/LROC/GSFC/ASU、Ikeda et al. (2022))

これらの結果から池田さんたちは、大きなクレーターの斜面は月震ではなく、小天体の衝突によって変化していくとする次のようなモデルを提案している。斜面の傾きが大きいところでは月の表面を覆うレゴリス(細かい砂)が下へ流れるため、地下の岩盤を覆うレゴリスが薄くなる。すると、天体衝突によるクレーターが残りにくくなり、代わりに岩盤が砕かれて岩塊が生じるとともに、震動で下へと崩れていく。斜面の下側では、上から供給されるレゴリスが積もるため、クレーターや岩塊崩れが残りやすいのだと考えられる。

クレーター斜面がなだらかになる過程
クレーター斜面がなだらかになる過程のイメージ図。赤と緑の層がレゴリス層を示す。(a)天体衝突によって地下の岩盤が破砕されて岩塊が生成され、震動で崩れて斜面に供給される。(b)これを繰り返すことで斜面はなだらかになり、レゴリスが厚く積もるため、天体衝突時に岩盤を破砕できなくなり、岩塊が生成されなくなる(提供:Ikeda et al. (2022))

今回明らかになったプロセスは現在も月表面で起こっており、クレーター斜面地形は活発に変化していると考えられる。