左手型アミノ酸の偏りを生む宇宙の光

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生命の材料となるアミノ酸がなぜか「左手型」分子ばかりである理由が、宇宙空間の円偏光の働きによるものだと示唆する新たな研究結果が得られた。

【2022年9月14日 筑波大学計算科学研究センター

生命の材料として重要なアミノ酸は、分子の中心にある炭素原子に、アミノ基(-NH2)、カルボキシ基(-COOH)、水素(-H)、さらにあと1つの側鎖(-R)という4つの官能基が結合して正四面体のような構造になっている。そのため、-Rの部分にも水素が結合しているグリシンは例外として、それ以外のアミノ酸には全て、4つの結合の仕方に「左手型(L型)」と「右手型(D型)」の2通りが存在する。L型とD型の分子は互いに鏡像関係(鏡像異性体)になっている。アミノ酸のように左右の区別がある分子のことを「キラル分子」という。

アミノ酸の構造と鏡像異性体
アミノ酸の構造と鏡像異性体の例。アミノ酸の一種であるアラニン(-R がメチル基(-CH3))の構造を描いたもので、黄色が炭素、緑が酸素、青が窒素、赤が水素の原子を表す。アミノ酸にはL型(左手型)とD型(右手型)の2種類の鏡像異性体があり、一方をどう回転させてももう一方に重ね合わせることはできない(提供:国立天文台

実験室でアミノ酸を合成すると、L型・D型とも同じ割合でできる。ところが、生物の身体を作っているアミノ酸はなぜか99%がL型だ。このように片方の鏡像異性体だけが多く存在する状態のことを「ホモキラリティー」と呼ぶが、生体の中の有機分子になぜホモキラリティーが見られるのかは、100年以上にわたって謎となっている。

そこで、生命の起源とも関連して、生体分子のホモキラリティーは宇宙で生じたという説が提唱されている。その間接的な証拠として、隕石に含まれるアミノ酸には鏡像異性体の偏りが見られることが知られている。

筑波大学計算科学研究センターの堀優太さんたちの研究チームは、宇宙空間で初めて検出されたキラル分子である酸化プロピレン(CH3CHOCH2)に着目し、宇宙空間で酸化プロピレンにホモキラリティーが生じるかどうかを量子化学計算で調べた。

堀さんたちは、宇宙でホモキラリティーが生まれる引き金として、水素原子が放出する「ライマンα線」という紫外線を考えた。ライマンα線に「円偏光」という性質(電磁波の振動面の偏り)があると、この光を吸収した物質では片方の鏡像異性体だけが多く分解されるのではないかと予想したのだ。実際に、星形成領域の中で円偏光は広く見られることがわかっている(参照:「生命をかたちづくったアミノ酸の謎に迫る」「猫の手星雲などで見つかった特殊な光「円偏光」」)。

研究の結果、酸化プロピレンやその前駆体の分子では、円偏光したライマンα線を片方の鏡像異性体のみがよく吸収する性質を持つことが明らかになった。酸化プロピレンと同様のキラル分子であるアミノ酸でも円偏光によってホモキラリティーが生じる可能性を示唆する結果だ。

ホモキラリティーと円偏光
(左)アミノ酸のホモキラリティーが宇宙で生じる過程の模式図。円偏光した光(オレンジ色の矢印)によってD型のアミノ酸がよく分解され、L型が過剰になる。星間物質ではL体の過剰率は1~2%と考えられる。隕石中のアミノ酸ではL型の過剰率は10~20%であることが知られている。原始地球で生体の元となったアミノ酸はほぼ100%がL型だ。(右)酸化プロピレンの構造式と理論計算の模式図。画像クリックで拡大表示(提供:筑波大学計算科学研究センターリリース)