月のうさぎの餅つきは江戸時代に始まった
【2022年2月7日 JAXA宇宙科学研究所】
日本では伝統的に、月の模様は「月のうさぎが月で餅をついている様子」に見立てられている。だが、このような見方がいつ、どのようにして広まったかについてはあまり振り返られたことがない。
月の模様をうさぎとする考えはアジア各国に見られ、日本における月のうさぎも中国から伝わったものと思われる。ところが中国の場合、月のうさぎは餅ではなく不老不死の仙薬をついているものとされてきた。なぜ日本では餅なのか。満月を表す「望月」から「餅つき」が連想されたという説がよく挙げられるが、資料に基づいた根拠はない。また、餅つきという考えができた時期に関してもよくわかっていない。
JAXA宇宙科学研究所の庄司大悟さんは、主に日本の書物に掲載されている図像を手がかりに、月のうさぎが餅をつくようになった時期やその社会的背景について考察した。
古くは飛鳥時代から月のうさぎが描かれているが、室町時代以前では、以下の『天寿国繍帳』や『九曜秘暦』に登場するうさぎのように、口の細い壺のような容器を使っているか、もしくはその場に座っているだけの構図が主流である。
しかし、江戸時代になると一変し、明確に杵と臼を使っている図が書物に現れるようになる。
その構図は、明の時代に中国で出版された『五経大全』という儒教の経典や『三才図会』という百科事典に見られる構図と同じだ。このことから、江戸時代の書物に現れたうさぎの図は、儒学者のような知識人層によって、中国の書物から取り入れられたと推測できる。
17世紀に日本で描かれたうさぎの臼は、中国の書物同様、側面が直線状だ(上の図a「訓蒙図彙」)。ところが18世紀に入るころから、側面のくびれた臼が描かれるようになる(上の図b「増補宝暦大雑書」)。現代の日本では臼の側面は直線状だが、江戸時代中期までは穀物をつく臼の側面はくびれていた。つまり、臼の形状が変化する18世紀前半が、月のうさぎが餅をついていると考えられるようになった時期だと庄司さんは結論づけている。
餅をつく姿が誕生した社会背景として、書物の流通量と識字率の増加により、知識人層だけでなく庶民も書物に触れるようになったことが挙げられる。この傾向が顕著になった元禄期(1688~1704年)以降には、書物に描かれた月のうさぎの図も多くの人々の目に触れたと思われる。しかし、うさぎが何を作っているのかはそこに書かれていない。知識人ならばそれが仙薬だと知っていたかもしれないが、庶民にとって日常生活で杵と臼でつくものといえば、薬よりも餅の印象の方が強かったのだろう。そのため、月のうさぎがついているのは餅と解釈され、その解釈に合わせるようにして、臼の形状が次第に変化していったのだと庄司さんは推測する。
「紀元前から月のうさぎは、人々が月を観察・解釈する際の橋渡し役となってきました。この先、人類はますます月に進出していくと考えられ、月のうさぎは事あるごとに、私たちの隣に寄り添ってくれることでしょう」(庄司さん)。
〈参照〉
- JAXA宇宙科学研究所 研究情報ポータル あいさすGATE:月のうさぎはいつどのようにして餅をつくようになったのか
- 地質と文化:月のうさぎはいつどのようにして餅をつき始めたのか 論文
〈関連リンク〉
- アストロアーツ:
- 【特集】中秋の名月(2021年)
- 天体写真ギャラリー:月
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