高緯度ほど不安定、金星大気の熱構造

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探査機「あかつき」などによる観測から、金星の高度40~85kmにおける気温分布が調べられた。金星では高緯度ほど大気が不安定な領域が広がっており、地球の大気構造とは反対の傾向にあるようだ。

【2020年3月4日 京都産業大学JAXA宇宙科学研究所

金星は質量や大きさが地球とよく似ていて、地球の双子星と呼ばれることもある。しかし、金星の大気の主成分は二酸化炭素で、濃硫酸の雲が全球を覆っており、地表面の気温が摂氏460度、気圧が90気圧にも達するなど、環境面では金星と地球はまったく異なる惑星だ。さらに、金星では自転速度の60倍の速度で大気が回転する「スーパーローテーション」という現象が生じている。こうした謎の解明には、金星大気を観測して知見を蓄積することが必要不可欠である。

金星の夜面
金星探査機「あかつき」の赤外線カメラ「IR2」がとらえた金星の夜面の擬似カラー画像。IR2では夜面の雲を透過してきた赤外線を観測しているので、雲は影絵のように暗く写るが、画像では明暗反転して雲を明るく表示している(提供:PLANET-C Project Team)

これまでの観測で、金星大気の大規模な弓状模様や極域のS字構造など、特定の高度で見た雲の構造が見つかっている。しかし、水平方向の情報だけでは大気構造を理解することはできない。大気が高さ方向にどのような構造になっているかを知ることが、大気の変化を明らかにするための重要な情報となる。さらに、大気の変化や雲の発生が、地球と同様に地形の影響を受けているかどうかを明らかにするためには、雲の下の大気も調べる必要がある。

京都産業大学の安藤紘基さんたちの研究チームは、金星探査機「あかつき」とヨーロッパ宇宙機関の金星探査機「ビーナスエクスプレス」の電波掩蔽観測データを利用して、高度40~85kmにおける全球的かつ統計的な気温の高度分布の取得に世界で初めて成功した。

電波掩蔽観測とは、探査機が惑星の背後に隠れる時(または背後から現れる時)に探査機から地上のアンテナに向けて電波を射出し、探査機の軌道運動と惑星大気を通過する際の電波の屈折によって電波の受信周波数が変化する性質(ドップラーシフト)を利用して、惑星の気温の高度分布を測定するというものだ。これにより、雲の下の様子を調べることができる。

電波掩蔽観測の概念図
電波掩蔽観測の概念図(提供:京都産業大学リリースより、以下同)

緯度と高度に対応する気温分布から、高度60kmより低い領域では温度は緯度とともに単調に下がっていることや、反対に高度60kmより上空では温度は緯度とともに上昇していること、「Cold collar」という局所的に冷たい領域が緯度65度付近に存在していることが明らかになった。これらの特徴は、過去の電波掩蔽観測や光学観測の結果と整合している。

次に大気構造をより詳しく調べるため、今回の観測結果から大気安定度を調べたところ、緯度70度よりも低緯度では大気安定度の低い領域が高度50~55kmに位置し、それより上層では高安定、下層では弱安定になっていることがわかった。これは過去の金星探査の結果と一致し、金星大気が長年にわたって構造を維持していることが示された。

一方、緯度70度よりも高緯度では、大気安定度の低い領域が高度40kmまで広がっていることがわかった。金星の高緯度領域では大気の不安定な領域が低緯度よりも広く存在していることを初めて示した研究となる。地球では、大気安定度の低い領域は赤道上空が最も広く、緯度が上がるにつれて大気安定度の低い領域は狭くなる。つまり、大気安定度という観点から見ると、金星と地球は真逆の傾向を持っていることになる。

極域で大気安定度の低い領域が広がっているという結果は、そこで強い上昇気流や下降気流が発生していることを示唆している。こうした大気の運動は、水蒸気や硫酸蒸気などの雲の材料となる物質を速やかに下層から上空に運び、分厚い雲の生成や維持につながっている可能性がある。この考えは、金星の雲が極域で最も分厚いという観測結果とも一致する。

金星の大気安定度の緯度分布の概念図
金星の大気安定度の緯度分布の概念図

今回得られた気温や大気安定度の分布は全球的に均一なもので、従来の数値モデルに比べて信頼性が高く不定性が低い。今後、モデルの構築や改良、モデルから観測結果を解釈する際の良い指標として、今回の成果が大いに利用されると期待される。