あり星雲からの珍しいレーザー放射

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天文衛星「ハーシェル」による惑星状星雲「あり星雲」の赤外線観測で、星雲の中心にある白色矮星に伴星が存在することを示唆する珍しいレーザー放射が検出された。

【2018年5月23日 ヨーロッパ宇宙機関

太陽の数倍程度の質量よりも軽い恒星は、一生の終わりの段階を迎えるとガスや塵の外層を放出していく。周囲に放出されたガスや塵は、星の中心部に残った高密度の白色矮星からの紫外線に照らされ、華麗な惑星状星雲として私たちの目を楽しませてくれる。

ブラジル・サンパウロ大学およびオランダ・ライデン天文台のIsabel Alemanさんたちの研究チームは、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星「ハーシェル」を使って、じょうぎ座の方向にある惑星状星雲「あり星雲」を観測した。その結果、あり星雲の中心部から強力な赤外線レーザーが放射されていることが明らかになった。

「あり星雲を観測すると複雑な構造が見えますが、その模様を作り出している中心の天体の姿は見えません。今回、ハーシェルの持つ感度と広範囲の波長に対応した観測能力のおかげで、水素再結合線レーザー放射というとても珍しいタイプの放射が検出されました。これにより、星雲の構造や物理的な状態を明らかにすることができました」(Alemanさん)。

あり星雲
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した「あり星雲」(提供:NASA, ESA and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA))

このタイプのレーザー放射が起こるためには、星の近くに非常に高密度のガスが存在する必要がある。モデルと観測結果との比較から、レーザーを放射しているガスの密度は、典型的な惑星状星雲や、あり星雲の両側にある羽のようなローブ(広がり)に見られるガスの1万倍も高いことが明らかになった。

通常、星の物質は遠くまで放出されてしまうか重力に引かれて星に戻ってしまうため、星に近いところ(あり星雲の場合、約15億kmほど)は完全に空虚で何もない領域になる。「星の近くにガスが留まれる唯一の方法は、円盤を形成して星の周囲を回ることです。今回私たちは、星雲の中心に位置するほぼ真横の向きの厚い円盤を観測しました。円盤は、白色矮星に伴星が存在することを示唆しています」(英・マンチェスター大学 Albert Zijlstraさん)。

まだ伴星そのものは観測されていないが、伴星から放出されつつある物質が星雲中心の白色矮星にとらえられて円盤を形成し、そこからレーザーが発振されていると考えられている。

「私たちは惑星状星雲のガスや塵を調べるためにハーシェルを使った観測を行いましたが、レーザーを放射する現象を探していたわけではありませんでした。このような放射が確認されている天体は、これまでに片手で数えられるほどしかありません。今回の発見は注目すべきものです」(ハーシェル惑星状星雲サーベイプロジェクト主任研究員 植田稔也さん)。

あり星雲は1920年代にアメリカの天文学者ドナルド・メンゼルにより発見された天体である。メンゼルはまた、ある条件下では星雲のような環境からレーザーが放射される可能性を論じた人物の一人でもあるが、レーザーの発振が実験室で初めて成功したのは1960年のことだ。メンゼルはレーザーという名前ができるかなり前から、その存在を予見していたことになる。

「今回の発見は、レーザー放射がどのような条件下で発生するのかを絞り込むために役立ち、星の進化モデルの改良につながります。また、ハーシェル・ミッションが、約一世紀前のメンゼルによる2つの発見をつなぐことができたという結果をうれしく思います」(ハーシェル・プロジェクトサイエンティスト Göran Pilbrattさん)。