【訃報】星になられた小石川正弘さん

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惑星観測や新天体捜索で活躍され天文普及に尽力された仙台市天文台元職員の小石川正弘さんが8月26日に亡くなった。享年68。

【2020年8月31日 遊佐徹さん】

文:遊佐徹さん(大崎生涯学習センター)

仙台市天文台元職員の小石川正弘さんが、8月26日朝、お亡くなりになりました。68歳という若さでした。

小石川さんは、光学メーカー五藤光学研究所に2年間勤務したのち、1972年から約40年間にわたって仙台市天文台で勤務されました。

ご実家である安養寺の墓地内に設置した「愛子観測所」で精力的に観測を行い、生涯で65個の小惑星を発見。「伊達政宗」や「愛子(あやし)」など仙台にちなんだ命名を行いました。2010年と12年には超新星を発見し、日本天文学会天体発見賞を受賞。新天体の確認観測や彗星の精密位置観測、惑星観測等の分野で世界的な実績を持つ天体観測家です。本業のプラネタリウム解説や天体望遠鏡案内では、軽快で絶妙な話術で名物職員として親しまれました。日本公開天文台の会長として、天文普及と後進育成に尽力。数々の業績を称えて、小惑星6097番には、Koishikawaと命名されています。

2013年に天文台を退職後は、市民図書館に勤務して郷土レファレンスを担当しながら、ご自宅の望遠鏡で観測を続けていました。体調に異変が起こったのは、今年に入ってから。検査の結果、肺がんと判明。入退院を繰り返しながら、粘り強く闘病生活を続けてこられました。8月25日に4度目の退院をしたものの、その翌朝に容体が急変。ご家族に見守られながら、天国に旅立たれました。

私が初めて小石川さんにお会いしたのは、1982年。高校2年生の秋のこと。その夏に現れたオースチン彗星のスケッチを見てご指導をいただき、そのまま強い重力に引かれるように仙台の大学に進学。やがて小石川さんは、憧れの大先輩、尊敬すべき偉大な観測者として大きな存在となり続けます。師の背中を追いかけるうちに、天体観測のおもしろさにはまり、2010年には、小石川さんが発見した新星を追跡中に、私自身も別の新天体を発見。12年には、超新星を発見した小石川さんに、確認観測と天文電報中央局への報告で恩返し。昨年宮城県大崎市で開催した彗星会議では、招待講演を引き受けていただきました。「2061年、次回ハレー彗星を観測中、巨大化したイノシシに襲われて逝去。享年109歳!」。会場を爆笑の渦に巻き込んだそのシーン。今は、涙をそそります。病気を克服、長生きされるものと信じていただけに、残念でなりません。

本当の星になって、宇宙に輝き続ける小石川さん。小石川さんの星に会うために、望遠鏡を空に向け続けます。

小石川正弘さん
小石川正弘さん。2010年11月に超新星2010joを発見された仙台市天文台1.3m望遠鏡の制御室にて(撮影:比嘉義裕さん)