銀河団の衝突で生じたダークマターの「波紋」

【2007年5月18日 Hubble Newscenter

どんなに澄み切った水面でも、石を投じれば波紋が見える。これと似たことが超巨大なスケールで起こっている現場をNASAのハッブル宇宙望遠鏡HSTが観測し、直接見ることが不可能なダークマター(暗黒物質)がそこに存在する証拠を得た。


(銀河団Cl 0024+17とダークマター)

ダークマターの「波紋」。HSTが撮影した銀河団Cl 0024+17の画像に、重力レンズ効果から計算されたダークマターの分布(青)を重ねたもの。クリックで拡大(提供:NASA, ESA, M.J. Jee and H. Ford (Johns Hopkins University))

(Cl 0024+17の衝突の概念図)

Cl 0024+17の衝突の概念図。左が横から見たようすで、右が同じ状況を後ろ(あるいは正面)から見たようす。一番上は衝突5000万年前、下が衝突2億年後(現在)。白が「見える物質」、青がダークマターを表している。クリックで拡大(提供:NASA, ESA, M.J. Jee (Johns Hopkins University), and A. Feild (STScI))

結論を下すまで、米国ジョンズ・ホプキンス大学の天文学者M. James Jee氏は1年以上にわたってHSTが撮影した画像と格闘していた。

「その『リング』を見たときは嫌な気分でしたよ。私たちの解析方法が間違っていたことを意味するかもしれないのですから。最初は信じられなくてどうにか取り除こうとしたのですが、そうすればするほど『リング』の存在がはっきりしてきました」

Jee氏らは、うお座の方向50億年の距離にある銀河団「Cl 0024+17」を撮影し、そこに存在する「ダークマター」の分布を調べていた。画像で青く示したように、ダークマターはCl 0024+17の外側にリング状に広がっていたのだ。

ダークマターは暗黒物質とも呼ばれ、いかなる電磁波でも観測することができず、正体も不明な物質である。宇宙には「見える物質」の何倍ものダークマターが潜むとされているが、その存在がわかるのは、重力を通じて「見える物質」に影響を与えるからだ。Jee氏らがダークマター探しに利用したのは「重力レンズ効果」である。

重力は光を曲げる。われわれの身の回りの重力は弱いため実感できないが、膨大な量の物質が集まり強い重力を生み出していると、付近を通る光はそこにレンズがあるかのように屈曲する。これが重力レンズ効果だ。水は透明でも、プールや池にさざ波が立つと底面が揺らいで見える。同じように、奥に位置する銀河のゆがみ方から、手前に潜むダークマターの分布を推測できる。

ふつう、ダークマターは「見える物質」を包んでいる。銀河団のダークマターを調べると、輝く銀河たちや間に広がるガス(X線などで観測できる)と重なって見えるのが一般的だ。なぜCl 0024+17では外側にダークマターが広がっていたのだろう?これも水に例えることができる。池に石を投げたときのように、衝突が「波紋」を作ったのだ。

Jee氏らが行き着いたのは、Cl 0024+17が10〜20億年前に別の銀河団と衝突したとする過去の研究だった。地球にいるわれわれは、衝突を真後ろから見ている格好になる。「見える」銀河団を包んでいたダークマターが衝突によって動くようすは、池に小石を落とすのを真上から眺めたときのようすと同じ、というわけだ。

Jee氏はCl 0024+17における発見の意義をこう説明した。

「ほかの銀河団でもダークマターは検出されていますが、銀河団を構成する(観測可能な)銀河や高温ガスからこれほど分離している例はほかにありません。銀河や高温ガスと重ならないダークマターの構造を調べることで、ふつうの物質との違いがわかるのです」