すばる望遠鏡の新しい「赤外線の瞳」がついに始動

【2006年2月24日 国立天文台 アストロ・トピックス(191)

すばる望遠鏡が世界の天文学者に公開されたのは2000年12月のことです。およそ5年が経過した現在も、望遠鏡の能力をさらに高めるため、新しい観測装置が開発されています。それらの先陣を切って「すばる多天体近赤外撮像分光装置(通称: MOIRCS = Multi-Object InfraRed Camera and Spectrograph、呼び名: モアックス)の一部の機能である撮像カメラの利用が2006年2月より開始されました。

MOIRCSによるオリオン座星雲) MOIRCSによる我々の銀河系中心

(上)MOIRCSによるオリオン座星雲、(下)MOIRCSによる我々の銀河系中心。クリックで拡大(提供:国立天文台)

東北大学と国立天文台とが共同で開発してきた「MOIRCS」は、天体から届く近赤外線の撮像及び分光観測を行う装置です。近赤外線用としては巨大な400万画素の検出器2つを備え、世界の口径8〜10メートル級望遠鏡の中では最大の視野4分角X7分角(1分角は1度の60分の1)を誇ります。宇宙の果て近くを観測する深宇宙探査では、すばる望遠鏡のような大口径の望遠鏡に加え、近赤外線撮像装置の視野の広さが鍵です。「MOIRCS」は、天文学者たちの期待に応えた世界で最初の装置といえます。

撮像観測で優れた能力を持つ「MOIRCS」は、口径が8〜10メートル級の大望遠鏡では世界で初めて、近赤外波長域で一度に複数の天体の分光観測を行う多天体分光機能を搭載しました。分光観測とは、天体から届く光を波長毎に分解し、天体の物理情報を詳しく調べる手法です。これまでのすばるの近赤外線の分光装置は、一度に一つの天体の光を分解できるだけでした。一度にたくさんの天体の光を分光できる「MOIRCS」では、観測の効率を劇的に上げることが可能になります。

多天体分光機能を実現させるためには、多くの課題がありました。観測装置本体の温度が高いと、それ自身からも赤外線が放射されてしまうため、多天体分光観測に必要な多天体マスクを含む装置内部をマイナス150度以下まで冷却しなければなりません。極低温状態におけるマスクの駆動機構の開発など、多くの技術的課題を克服しながらも「MOIRCS」の開発は順調に進み、2005年1月には分光機能のファーストライト観測を終えました。その後も性能試験を続けており、2006年暮れの公開を目指した準備が着々と進みつつあります。

天文学のフロンティアの一つは、遠方宇宙の研究です。宇宙膨張に伴い、銀河が発する可視域の光はすべて近赤外線域にシフト(赤方編移)してしまうことから、大型望遠鏡に搭載可能な近赤外線の多天体分光装置の登場に期待がかかっていました。「MOIRCS」は、この夢をかなえてくれたのです。

一昨年の9月に行われたファーストライトから、一年以上に渡り性能向上と改良を続けた「MOIRCS」。すばる望遠鏡の能力を飛躍的に向上させる新しい「赤外線の瞳」は、私たちにどのような宇宙の姿をみせてくれるのでしょうか。これからの「MOIRCS」の活躍にご注目ください。

本記事は、すばる望遠鏡ホームページにある「すばるトピックス:MOIRCS 〜 すばるの新しい『赤外線の瞳』ついに始動」を編集したものです。詳しい内容は、同ホームページをご覧ください。

・MOIRCSに関する問い合わせ先
東北大学理学研究科天文学専攻 市川 隆(いちかわたかし)
電子メール:ichikawa@astr.tohoku.ac.jp