VLTがとらえたオリオン大星雲

【2001年2月6日 ESO Press Photos 03a-d/01 (2001.01.17)

この美しい画像は、ヨーロッパ南天天文台のパラナル観測所 (南米チリ) の8.2メートル望遠鏡「VLT ANTU」と、その赤外線カメラ「ISAAC」によりとらえられたオリオン大星雲の中心部の姿だ。3つの赤外線波長の画像を合成して得たカラー画像。多数の画像をつなぎ合わせて合成することにより広視野を実現している。

VLTがとらえたオリオン大星雲中心部

太陽系からおよそ1500光年の距離に広がるオリオン大星雲は、太陽系から最も近い星生成領域のひとつ。狩人オリオンのベルトに当たる三ツ星のすぐ下にあり、空がよいところであれば肉眼でも見える。このオリオン大星雲では過去1000万年ほどの間に、何千個もの新たな恒星が誕生している。

可視光の場合、オリオン大星雲の内部にある恒星からの光は、星雲のガスやチリによりほとんど吸収されてしまうので、観測は困難だ。しかし、ガスやチリの吸収を受けにくい赤外線や電波で観測すれば、星雲の奥深くの星まで観測することができる。

この画像の中心部に見られる特に明るい星々は、トラペジウムと呼ばれる有名な4重星だ。小口径の望遠鏡でも見ることのできるこれら4つの星は、いずれも若い巨星で、これらの星から放射される強力な紫外線が星雲のガスを高エネルギー状態にさせ、星雲を輝かせている。トラペジウムの付近には、狭い範囲に多数の若い星が集中し、「トラペジウム星団」を形成している。ここでは、太陽〜最も近い他の恒星までの距離 (約4光年) と同じぐらいの領域に、約1000個の若い星が集中している。この画像はそのほぼ全容をとらえたものだ。

この画像は、VLTを用いてオリオン大星雲を総合的に観測しようという、Mark McCaughrean氏 (ドイツ・ポツダム天体物理学研究所) の主導による長期プロジェクトの手始めとして撮影されたもので、今後のさまざまな観測のためのファインディング・チャートとしての性格を持つものだ。

3つの近赤外〜赤外波長による3色合成カラー画像であり、Js-バンド (波長1.24ミクロン; 近赤外) を青、H-バンド (波長1.65ミクロン; 近赤外) を緑、Ks-バンド (波長2.16ミクロン; 赤外) を赤として合成してある。

隣り合う9地点を撮影してつなぎ合わせて広視野化したもので、露出時間は各地点につきわずか13.5分 (各波長につき4.5分) でしかない。それでもこの画像は、この領域をとらえた広視野の赤外線画像としては、さまざまな望遠鏡が撮影したものの中でも最も星雲深部までとらえた画像となっている。

視野角7分角 (1分角=1/60度) 四方で、これは1500光年の距離では約3光年四方に相当する。上が北、左が東。1999年12月20日〜21日の撮影。

優れた分解能

上の画像の星像の半値全幅 (星像の明るさが半分になる部分の直径で、画像の角分解能を表す) は、0.35秒角〜0.50秒角 (1秒角=1/3600度) であり、これはハッブル宇宙望遠鏡の0.1秒角には劣るものの、ひじょうに優秀といえる。VLTの高い能力に加え、パラナル山頂の安定した大気のおかげだ。

オリオン114-426

原始惑星系円盤オリオン114-426

右の画像は、上の画像の一部のJs-バンド画像だ。視野角は29秒角四方であり、約0.2光年四方に相当する。この黒い小さな円盤は、輝く星雲を背景として、形成されつつある原始恒星を取り巻く降着円盤が影となって見えているものである。これは、これまではハッブル宇宙望遠鏡 (HST) でのみ観測することが可能だった。VLTの優秀さを示す画像といえる。同様の天体はHSTによってオリオン大星雲の中にいくつか発見されている。ここにとらえられているものは、「オリオン114-426」と呼ばれるものである。最近のHSTを用いた研究によると、この「オリオン114-426」は、かつての太陽系の3倍の規模であり、すでに原始惑星系が生まれつつあるらしい。

しかしながら、口径8.2メートルのVLTの分解能は、理論上は口径2.4メートルのハッブル宇宙望遠鏡よりも3倍も優れている。いずれ使用可能になるナスミス焦点補償光学システムNAOS――これは、大気のゆらぎの影響をほぼ完全に打ち消すことのできる装置――と、それと組み合わせて使う高解像度近赤外線カメラCONICAを用いれば、VLTの理論性能に近い解像度が実現できるはずであり、ハッブル宇宙望遠鏡をも超えることができると期待されている。

だが、さらにその先がある。口径8.2メートルのVLT望遠鏡は4基並べて建設されている。将来的には、4基全てから集められた光を地下トンネルを通じて一つに合わせて光学干渉計として用いる計画があるのだ。このVLT干渉計 (VLT) では、16メートル望遠鏡に匹敵する能力が実現できると期待されている。達成できる分解能は、なんと0.0015秒角〜0.003秒角と計算されている。2001年中には、2基を組み合わせた実験がはじまる予定だ。


オリオン大星雲に自由浮遊惑星?

今回発表された画像は、プロジェクトのスタート地点に過ぎないが、この画像からすでにいくつかの重要な新事実が判明している。

2000年3月に、Philip Lucas博士 (ハートフォードシャー大学) らにより、このトラペジウム星団に単独で漂う低温・低質量 (木星質量の5倍〜15倍程度) の天体が多数見つかったという発表があった。それによると、それらの天体は、充分な質量に達しなかったために恒星となれなかった天体である「褐色矮星」の小型のものと考えられ、褐色矮星と呼ぶには質量が小さすぎるため「自由浮遊惑星」とでも呼ぶべきものという。

だがその研究では、それらの天体は観測システムの検出限界ぎりぎりの明るさで発見されていたため、それらの天体の持つ本来の明るさの推定が不正確であるという問題があった。より高い観測能力をもつVLTによる今回の観測では、それらの天体はよりはっきりととらえられており、より正確に明るさの推定を行なうことが可能になった。その結果、問題の天体のいくつかはLucas博士らの推定よりも明るいことがわかり、普通の褐色矮星である疑いが強まった。

今回の観測のリーダーであるMcCaughrean氏は、Lucas博士らの研究には批判的だ。Lucas博士らは、問題の天体がトラペジウム星団の他の星々と同様の年齢であるという仮定のもとに、問題の天体がひじょうに低質量であるとしている。しかしMcCaughrean氏は、問題の天体は現在トラペジウム星団で行なわれている星生成活動よりも前の世代の星生成活動で生成され、たまたまトラペジウム星団の近くに位置しているだけだという可能性を指摘している。もしそうであれば、褐色矮星は形成から時間がたつにつれ冷えて暗くなっていくため、問題の天体は実はもっと大きな質量を持つ可能性が否定できない。

しかし、たとえ問題の天体がLucas博士らの主張通りにひじょうに低質量であることが確認された場合でも、「それを惑星と呼ぶことに対しては、多くの天文学者は同意しないだろう」とMcCaughrean氏。氏によると、「原始恒星をとりまく降着円盤の中で形成され、恒星の周りを巡ってこそ惑星であるというのが、天文学者の間での共通した認識だ。これに対し問題の天体は、恒星と同様の過程で形成されたと考えられるため、たとえひじょうに低質量であっても、単に低質量褐色矮星と呼ぶほうが適切ではないか」という。

Lucas博士らの研究のほかに、2000年10月にはMaria Rosa Zapatero Osorio氏 (スペイン・Instituto de Astrofisica de Canarias所属、現在はアメリカのカリフォルニア工科大学で働いている) らの研究チームにより、「オリオン座シグマ星団」でも同様の発見が報告されているが、McCaughrean氏はこの研究についても、同様にいくつかの問題があるとしている。

オリオン大星雲の総合観測プロジェクト

McCaughrean氏らのプロジェクトでは今後、もうすぐ使用可能となるVLTの新しい観測機器、可視光多天体分光器VIMOSや近赤外線多天体分光器NIRMOSを用いて、問題の天体など、この画像に見られる最も暗い天体の正体を探っていく計画だ。それらの観測により天体の詳しいスペクトルを得、それを分析してこそ、はじめて質量や年齢、動きなどを明らかにし、その起源に迫ることができるのである。

なお、ニュースリソースのリンク先にて、高解像度版がダウンロードできる。ファイルサイズは少々大きいが、とても美しいのでぜひ見てみてほしい。

Image Credit: Mark McCaughrean and the European Southern Observatory

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