高画素電波観測を実現する、新型増幅器登場

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従来の電波観測装置で周波数の変換に使われていた超伝導素子を転用した、新しい増幅器が開発された。従来型より消費電力が3桁以上低く、電波観測に加え、量子コンピューターへの応用も期待される。

【2023年3月28日 国立天文台先端技術センター

電波望遠鏡は、天体から届く電波をパラボラアンテナで集め、受信機を通して解析できる信号に変換している。可視光線を観測する望遠鏡であれば、主鏡で集めた光を画素数の多いカメラで撮影することができるが、電波望遠鏡の受信機はそれ自体が1つの画素に相当する。多くの電波望遠鏡では受信機は1台だけ、つまり一度の撮影では空の1点を1画素で撮影することしかできないため、受信機を並べることで画素数を増やそうとする試みが進められてきた。たとえば、国立天文台野辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡のために開発されたBEARS受信機は25画素を達成している。

こうした受信機には超伝導技術が使われており、4ケルビン(摂氏マイナス269度)まで冷却する必要がある。受信機の数を増やせば、より大きな冷凍機が必要になるだけでなく、消費電力と発熱も増えてしまう。現在使われている受信機では、約100台(100画素)で汎用の4ケルビン冷凍機の冷却能力の上限に達してしまう。

そこで、国立天文台先端技術センターの小嶋崇文さんたちの研究チームは、従来の受信機に使われてきた増幅器に比べて消費電力がはるかに低い、新型の超伝導マイクロ波増幅器「SISアンプ」を開発した。

開発されたSISアンプ
今回開発されたSISアンプ。左右両端に2つある立方体がSISミキサ(提供:国立天文台、以下同)

2つの超伝導体(Superconductor)で絶縁体(Insulator)を挟んだ構造の素子を、頭文字をとって「SIS素子」と呼ぶ。この素子を使った「SISミキサ」は、アンテナが集めた電波を別の周波数に変換することができる。これまでの冷却受信機では、このSISミキサで扱いやすい周波数に変換した信号を、別の増幅器で増幅してから読み取っていた。

小嶋さんたちはSISミキサが信号の周波数を変換するだけでなく、増幅もしていることに着目し、2つのSISミキサをつないで、1つ目で周波数を変換、2つ目で逆方向に変換するという実装を行った。これにより、信号の周波数を変えずに増幅して出力する「SISアンプ」が実現できる。2018年の時点で原理は実証できていたが、それから装置構成を再検討し、性能を最適化してきた。

SISミキサの動作とSISアンプの模式図
(上)SISミキサの動作。局部発信器で作られた局部信号(周波数f0 GHz)をSISミキサに入力し、周波数f GHzの信号(f0 > f)を入力すると、差の周波数(f0-f GHz)を持つ増幅された信号が出力される。(下)2つのSISミキサを縦続につないだSISアンプの模式図。2つのSISミキサに同じ周波数87.5 GHzの局部信号を入力することで、入力信号と出力信号の周波数は変わらず(5 GHz)、増幅だけがなされる

今回開発されたSISアンプは、周波数5GHz以下の信号を3~6倍に増幅する性能を持つ。現在電波望遠鏡で使われている半導体増幅器と同等の性能を持ちながら、消費電力は3桁以上小さい。発熱と雑音を抑えられることから、画素数の多い電波観測装置の実現につながると期待される。

SISアンプの活躍が期待される場は電波観測だけにとどまらない。次世代の計算装置として開発が進められている量子コンピューターでも、量子ビットの状態を読み出すために、ノイズが極めて少ないマイクロ波増幅器で増幅する必要があるからだ。現時点で実現している量子コンピューターは、量子ビットが100個程度と小規模だが、量子ビットにより生じる計算中の誤りを自ら訂正できる汎用コンピューターを実現するには、量子ビットを100万個以上という膨大な数にする必要がある。多数の量子ビットを扱うには増幅器も多く搭載する必要があり、こちらでも増幅器の劇的な省電力化が必要となっていた。

「2つのSISミキサのうち後段の回路の設計と作製方法を工夫することで、さらなる性能向上が期待できます。また、超伝導回路を小型化・集積化する研究を進めることで、多画素の電波カメラや大規模量子コンピュータなどの実現に有望だと考えています」(小嶋さん)。

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